経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『いらっしゃいませ』 - 新人受付嬢が見るもの、感じたこと

会社を訪問するとき、最初に出会う「受付嬢」。笑顔で迎えられ、テキパキと要件を担当者につなげてもらえる。当然のことながら、会社に対する印象も良くなる。そのあたりまでは、「想定の範囲内」の流れと言えるかもしれません。しかし、実際には、通り一遍のことだけで、彼女たちの仕事が完結するわけではありません。受付の台の裏には、いくつものメモが貼られており、それぞれに柔軟で、タイミングの良い対応が求められるのです。では、「想定外」のことに対する受付嬢の対応は? そもそも、受付嬢の仕事とは、どのようなものなのか? いかなる苦労があるのか? そのような疑問の一端を探るため、今回は、受付嬢を扱った二つの作品を紹介します。

「受付嬢を扱った作品」の第一弾は、夏石鈴子『いらっしゃいませ』(角川文庫、2003年)。会社に入ったばかりの新入社員にとって、見るもの、聞くもの、すべては新鮮で、刺激的! ここでは、出版社で受付嬢となった新入女性社員・鈴木みのり(著者自身がモデル)の仕事が描かれています。「働き方」「会社への慣れ方」「人との距離の取り方」を知るのに、大いに参考にできるコンテンツになっています。

 

[おもしろさ] 「新入社員」から「ただの会社員」へ

会社というのは、未経験の人にとっては、まさに「異文化」そのもの。多くの不文律があるのですが、それらをすべて教えてもらえるわけではありません。が、働き始めた以上、なんとか折り合いをつけ、闘うような気持で、日々仕事と対峙することになります。新入社員の苦労は、想像以上に大きいのです。それでも、多くの場合は、それぞれのやり方で、会社に適応してきます。では、どのような条件が揃えば、「新入社員」から「ただの社員」への変身が可能になるのでしょうか? 「時間を守る」「相手に信頼される」「繰り返しの作業も手を抜かない」。本書の特色のひとつは、一人前の受付嬢になるまでのプロセスが描かれている点。そして、もうひとつの特色は、そうしたメインの物語展開のなかで、受付嬢の仕事を越え、会社で働く場合に必要な要件や心構えが具体的に述べられている点にあります。

 

[あらすじ] 「人間味のある応対を心がけているんですの」

短大の英語科で学んだ鈴木みのり20歳。叔母が化粧品会社で働いていたことで、その仕事に興味があったのですが、入社試験には不合格。短大に学校推薦枠が2名あった出版社を受けてみると、思いがけず合格した彼女。「本当に、ここにいていいのかな」。不安感をぬぐうことができません。配属先が受付と言われて、なぜかほっとしました。「受付の仕事をバカにしているわけではないけれど、自分はそういう仕事が丁度良さそうだと思った」からです。ところが、その職場で言われている「女の三大地獄」のひとつに、秘書室や経理部と並んで、受付が入っていたのです。受付のスタッフは、木島さんを筆頭に、同期で入社2年目の加藤紅子さんと宮本さん。四人体制です。木島がみのりにガイダンスを行います。「ここは、普通の会社の、いわゆる受付じゃないんです。ここでは、機械みたいに、決まりきった応対をするのではなく、人間味のある応対を心がけているんですの」と。というのも、作家の先生、本の購入希望者、原稿を読んでもらいたいと思っている人など、非常に多様な人がやってくるので、「その都度、ひとつひとつ丁寧に対応しなくてはならないんですの」。注意事項の説明が続きます。受付の「前に座る時には、(名札は)なさらなくても結構です。名前を憶えられて、変な電話とか来たら困りますから」。「語尾が少し上がって『いらっしゃいませぇ』って聞こえるので、そうならないようにして下さい」。果たして、みのりは、どのような受付嬢になっていくのでしょうか?