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『営業零課接待班』 - 真面目に接待営業をやると……

売り上げを最大限に伸ばしたい! どの会社にあっても、営業部員の大きな目標は、売上高の向上にほかなりません。では、どのようなやり方で取り組めば、目標に近づくことができるのでしょうか? 2019年6月3日~6月12日のブログで、営業部員をテーマにして五つの作品を紹介しました。そこでは、トップセールスマンの営業スタイル、セールスのコツ・ノウハウ、営業部員のメンタリティなどが取り上げられました。今回は、「接待」と「営業部員の心の内」を軸に、営業部員の仕事を描いた二作品を紹介したいと思います。

 

「営業部員を扱った作品」の第一弾は、安藤祐介『営業零課接待班』(講談社、2010年)。 落ちこぼれ営業マンの烙印を押され、退職勧告さえ突き付けられた真島等29歳。接待営業を行い、もっぱら新規開拓のみを行う専門の新設部署「営業零課」に異動となり、新たな境地を切り開きます。接待を活用し、新規顧客をどのようにして獲得していくのでしょうか? 興味深々のお仕事小説です。そして、効率と生産性だけを重視する企業の風潮に対して、人間同士の信頼性に基づいたビジネス展開が必要ではという問題提起も。

 

[おもしろさ] 「初年度売上50億円」という無謀な目標! 

営業零課の特徴は、①営業一課(法人営業を担当)が取引関係のない中堅企業から大企業をターゲットに、新規開拓のみを行うこと、②初年度売上目標は50億円、③初年度は1年間限定のプロジェクトチームと位置づけ、売り上げ目標達成後、次年度より正式に課として発足させること。④売り上げ目標を達成できなかった場合は、課を解散すること、⑤年間交際費が5000万円用意されること。接待には、「きな臭いイメージ」が付きまとっているかもしれません。が、それは真面目にやっていないからです。「飲ませて食わせて買わせる」。これは接待ではなく、買収です。大事なのは、相手からの信頼。「売り上げは後からついてくる」のです。そのような考えに基づいて営業零課が構想されています。本書の最大の興味は、なんといっても、どのようなやり方で、「真面目な接待営業」がなされていくのかという点をリアルに描き切っていることにあります。

 

[あらすじ] 「あなたは変われる」という言葉に背中を押されて

6年前、オフィス機器や情報通信機器などを販売するIT商社の紅友ソリューション(大手総合商社「紅友商事」の系列会社)に入社した真島等。配属先の法務部では、上司や先輩たちからは「真面目だ」と褒めてもらい、「この会社に入ってよかった」と思えました。ところが、入社4年目、26歳の春に一大転機が訪れます。営業一課への異動を命じられたのです。その後の3年間、ほとんど売り上げに貢献できていません。新規顧客を開拓する営業に行っても、ほとんどの相手はまともに話を聞いてくれません。「小心者の僕にとっては、毎日が苦行のよう」でした。ついに「退職勧告書」まで突き付けられます。29歳の誕生日を迎え、やっと辞職を決意した真島。しかし、社内ではナンバー2の専務取締役営業本部長の井岡武利がじきじきに設けたお酒の席で、「接待営業」を専門的に行う新設部署への異動が打診されます。「適任ではない」と、「できない理由」を繰り返す真島。それに対し、「あなたは内に秘めた明るさを自ら押し殺している…。これまで、あなたは、お客さんから逃げていた…。変身できるんです。真島さん自身も、そして、一緒に飲んだお客さんも。飲ませて、飲んで、腹を割る…」。結局、「あなたは変われる」という井岡の言葉が心に残り続け、営業零課への辞令を受け取ることに。「なんとまあ、大胆な発想…」とか、「無謀な目標」という社内の驚きのなか、発足した営業零課! 個性派ぞろいのメンバーが集められます。初日、メンバーを前に、井岡営業本部長が発言します。それは、「売上は2月末までに50億円」という目標と、「必ず接待を経て契約を取る」という営業手法については、厳守してほしい。が、それ以外のことは、「課長の黒田君と皆さんに任せますので、好き勝手にやってください」というものでした。井岡の考えは、こうでした。「接待は餌ではありません。信頼関係を築くための手段です」。また、「企業は効率や生産性に偏り、”人“をなおざりにしている…。そんな今だからこそ人と人との人間臭い関係がビジネスの上でも差別化になる。そのためには接待営業が非常に有効な手段なのです」。初日の「結団会議」が酒盛りと化したことで、社内の失笑と批判を浴び、悪いうわさが瞬く間に広がっていきます。顧客ゼロからスタートした営業零課の営業活動。想像以上に厳しいものでした。まったく先が見えない状態が続くのですが…!