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『海亀たち』 - 東南アジアで働く「ボーダレス人間」の成長譚

「東南アジア・ビジネスを扱った作品」の第二弾は、ごく普通の日本人が現地で活躍するプロセスを追跡している加藤秀行『海亀たち』(新潮社、2018年)。ノルマ漬けの営業マンに疲れ果てた主人公が、ベトナムのダナンを皮切りに、ホーチミンバンコクでビジネスと関わるなかで「ボーダレス人間」として成長していきます。現地の人々の「ビジネス」と「ビジネス感覚」のあれこれを垣間見ることができる作品でもあります。

 

[おもしろさ] 「ここが人生の出発点でもあり、目的地でもある」

写っていたのは、白砂に生えた椰子の木、濃く青い空、エメラルドグリーンの海。ベトナムのダナンのようです。その「写真と出会ったとき、冷めた目で物事を見ていた自分に新しい風が吹き込んだ。俺はこんな所で一体何をしているのか。この空間に属するんだ。ここが人生の出発点でもあり、目的地でもある」! 本書の魅力は、なんと言っても、ごく普通の日本人が一枚の写真との出会いを契機に、常に根本的な悩みと対峙しながらも、一人前の「ボーダレス人間」として成長を遂げていくプロセスの描写にあります。舞台は東南アジア。いろいろなビジネスに手を出し、大きな挫折も経験したがゆえに、達成できたと言えるでしょう! 

 

[あらすじ] 一枚の写真との出会いが新しい風を吹き込む

就職して2年半、ウェブ広告の営業マンとして働いた「俺」(名前は坂井)。担当は美容業界でした。ある日、営業先の代官山の美容室で上述の写真と遭遇。一週間後、会社に辞表を提出。ダナンでゲストハウスをオープンさせたものの、半年で閉鎖する羽目に陥ります。ホーチミンに移り、零細商社を経営しているフン社長に雇われ、日本関係の仕事を手伝うことに。半年後、ベトナムのことも、ベトナム人と働くことも理解できるようになり、「生き残る力」をパワーアップさせた俺。が、自分にはなにかが決定的に足りていない。そんなとき、典型的な海亀(海外からの出戻り組)であるデイビット(香港で広告代理店を起業した香港系カナダ人)とゲイブと出会います。フン社長に別れを告げ、月4000ドルでデイビッド等と契約した俺は、バンコクに移り住み、法人を作り、オフィスを借り、広告制作の経験が豊富なメンバーを雇用。事業は順調に推移するようになります。また、バンコクでは、バーを始めて軌道に乗せ、いくつかの飲食店を持ち、屋外広告の代理店を経営している神林との交流もスタート。かくして、デイビットやゲイブ、さらには神林などの経営者たちと付き合ううち、「自分で始めたビジネスを持ちたい」という気持ちが湧き上がり、「まっすぐに伸びるもの。時代の追い風を背に受けてふわり離陸する軽やかさ」にどうしようもなく惹かれていったのです」。

 

海亀たち