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『凸凹デイズ』 - 個々のデザイナーとデザイン事務所の「幸せな関係」

私たちの生活は、お金を払ってさまざまなモノやサービスを購入することで成り立っています。それらの商品を選ぶ場合、一番気になるのはその品質や価格であるかもしれませんが、デザインやうたい文句などによって購買意欲が左右されることもまれではありません。デザイナーやコピーライターの力量もまた、消費者に大きな影響を与えるわけです。今回は、デザイナーを扱った作品を二つ紹介するなかで、彼らの仕事ぶりや心の内を垣間見ることにしたいと思います。

「デザイナーを扱った作品」の第一弾は、山本幸久『凸凹デイズ』(文春文庫、2009年)。1年前からたった3人の零細デザイン事務所「凹組」で社員として働いている新米デザイナー・浦原凪海(なみ)22歳の物語。「人生うまくいかないのが当たり前だった」彼女のデザイナーとしての成長の過程、デザイナーの仕事や心の動きが描写されています。また、人はなぜ働くのか? お金のため、やりがいのため、自己実現のため、それとも……。働くことの意味を考えさせてくれる作品でもあります。

 

[おもしろさ] 「だれかとつながっていたい」

本書の魅力とは? 内容を読み込んだ解説者の三浦しをんが見事に言いあらわしています。「働くという行為の奥に潜む、人間心理の真実-『だれかとつながっていたい』という抑えがたい熱情-を、楽しく明るく少し切ない形で、読者の胸にじわじわと染み入らせてくれる」。「『だれかとつながる』楽しさを頭に置いてみると、無駄な仕事、必要のない仕事なんて、ひとつもない」ということを教えてくれる。そんなコンテンツなのです! 

 

[あらすじ] 新人デザイナー凪海の大揺れ小揺れ

凹組の事務所があるのはボロアパート。扱っている仕事の多くは、和菓子屋のパンフレット、スーパーのチラシ、ラーメン屋の看板、地方都市の電器メーカーの会社案内、エロ雑誌のレイアウトなど、どちらかというと細かい仕事で、日銭を稼ぐ毎日。「どれをとっても未来への遺産にはなりようがない。文化とだって無縁の、あってもなくてもいいものばかり」。そこに、チャンスが。凪海の同僚・大滝先輩の作品(ロゴ)は選ばれなかったものの、凪海の描いたキャラクター「デビゾーとオニノスケ」が老舗遊園地「慈極園」(じごくえん)のリニューアルデザインに採用されたからです。もっとも、慈極園の意向としては、中目黒の8階建てビルのなかに事務所を構えているQQQ社のメインロゴと凹組のキャラクターの組み合わせでした。QQQを運営するのは、醐宮(ごみや)純子。彼女は、10年ほど前、大滝(「律儀で仕事が丁寧」)や黒川(天才肌だが、「ふらふらテキトー」というキャラクター)と一緒に凹組を創業したものの、出て行ってしまった人物。いまでは、「時代のひとつ先をいく新進気鋭のデザイン事務所」の「美人社長」と雑誌で紹介されるようになっています。凪海は、給料を3倍にするので、QQQに転職しないかと、醐宮からスカウトされます。しかし、「彼らはいつまでたってもああなんだから。安い仕事を数こなしていくだけ。腕はたしかなくせに、つまらないところで意地はっちゃってさ……。凹組はね、あなたがキャリアアップするための踏み台ぐらいに考えないと」という醐宮の言葉に怒りを覚えた凪海は、彼女をにらみつけます。結局、大滝の提案で、落ち着いたのは、出向という形で働くことでした。ところが、凪海の仕事はと言うと、毎日、デビゾーとオニノスケを描くことだけだったのです。