危機に陥った企業・地域・日本を再生させるために必要な「起死回生のビジネスモデル」とは、どのようなものなのか? そうした問題意識を持ちながら、多くの経済小説を執筆されている作家の楡周平さん。物流会社の活性化を扱った『再生巨流』を皮切りに、多くの企業再生物語を刊行。そして『プラチナタウン』を契機に地域の再生にも目を向けられています。それだけではありません。彼の作品世界は、企業や地域の枠を超え、日本が抱えるさまざまな問題と対峙し、その解決策をも提示するという領域にまで広がっているのです。今回は、「企業の再生」「地域の再生」「日本の再生」をテーマにした、2022年~23年刊行の三つの楡作品を紹介します。
「起死回生のビジネスモデルを扱った作品」の第一弾は、楡周平『ラストエンペラー』(角川書店、2023年)。EV(電気自動車)へのシフトが鮮明になりつつある自動車業界。ただ、EVは、自動車といっても、「ガソリンエンジン車とは似て非なるもの。走るコンピュータと称すべきもの」なのです。エンジンの開発は不要になり、部品の種類・点数・調達先はもちろんのこと、販売方法も、大きく変わってしまいます。したがって、自動車会社の対応も、けっして容易ではありません。そうした状況下、一気に14車種のEVのリリースに目途をつけた大手自動車メーカー「トミタ」の村雨克明社長。後世に残る最高級車種「エンペラー」の新型モデルの開発を決意。こうしてスタートした大プロジェクトは、期せずして、トミタの未来を切り開くかもしれない可能性を秘めたものになっていきます。
[おもしろさ] 中国製EVの世界への浸透とどう戦うのか?
少し前までは、なにがなんでも次世代車はEV、ガソリン車の開発には未来がないとさえ言われていました。ただ、あまりにも急速なEVへの転換に、準備が追いつけていません。このところ、EV一辺倒が見直され、ガソリン車やハイブリッドカーを含めたバランスの良い開発へと軌道修正を図ろうとする動きもみられるようです。もちろん、中長期的な視野で見ると、EVシフトへのトレンドは揺るがないわけですが、すでに、中国の自動車企業が安くて、それなりの性能のEVを量産し、世界への輸出を拡大しつつあります。先進国の自動車メーカーも、異業種の企業を巻き込んだワールドワイドの熾烈な競争を行っていますが、果たして、中国製の安価なEVと互角に戦っていけるのでしょうか? 本書では、EV時代が到来しても、先進国の自動車メーカーが生き残り、さらなる発展をめざせるビジネスモデルが提示されています。
[あらすじ] 大衆車メーカーと超高級車メーカーのコラボ
トミタ社長の村雨克明65歳は、現行組織を見直すとともに、「ガソリンエンジン車の最期を看取る」ため、最高級のガソリン車を作ることを決意。世界最高峰のF1レースで、並み居るライバルと覇権を争えるマシンを作った松浦健吾と戸倉謙太郎に開発チームを主導してほしいと考えていました。彼らは、息子のように可愛がっていたレーサーの佐村良樹が事故で死んだことで、会社を辞していたにもかかわらずです。ふたりに対して、村雨は、協力依頼を行います。戸倉は前向きに応じたのですが、否と答えた松浦の方は、佐村の恋人であった篠宮凛を推薦します。彼女は、イタリアの老舗自動車メーカー「ガルバルディ」で働いていました。同社は、超高級車の生産に特化し、顧客はまさに世界の富裕層。村雨の方も、同社を格好のパートナーと考えます。トミタがつくってきた高級車「エンペラー」は、こと日本においてはステータスシンボルと言えるかもしれませんが、「世界の富裕層からすれば、ただの車」にすぎないからです。オーナー兼CEOであるルイジ・ガルバルディの意向もあって、凛は、条件付きで村雨の依頼を引き受けることになります。こうして、プロジェクトリーダーになった篠宮凛と村雨たちのコラボを通し、そして、トミタとガルバルディとのパートナーシップにより、「日本の伝統技術をふんだんに取り入れた」見事な最高級のガソリン自動車が開発。さらには、トミタの将来のEV戦略が徐々に整えられていくことになります。