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『浜辺の銀河』 - 町おこしに必要な諸条件

「町役場を扱った作品」の第二弾は、前回紹介した『崖っぷちの町役場』の続編にあたる川崎草志『浜辺の銀河 崖っぷちの町役場』(祥伝社文庫、2018年)です。南予町に隣接する伊達町の副町長に、総務省から出向してきた官僚・葉山怜亜が就任。目に見える成果をあげていきます。「町という枠を超えた町おこし」「国との関わり方」「町おこしの主導者の育成」についての問題提起がなされるなかで、町おこしのあるべき姿が模索されています。

 

[おもしろさ] 明確なビジョン + ユニークな工夫 +「特産人」

ひな祭り、鯉のぼり、ゆるキャラ、特産品、浜辺から見える天の川を見るという「浜辺の銀河」の鑑賞会……。いずれも町おこしを意識したイベント・企画にほかなりません。類似のものが、多くの地域で行われていますが、「観光客が来てくれるような目新しさを打ち出す」のは、相当に難しいようです。ところが、どこかがやると、「なぜ、うちではやらないんだ」という人の意見がまかり通り、「やらないと役所がサボっていると思われる。そう思われるくらいなら当たる確率は少なくてもやろうということ」になりがちなのです。でも、それらのイベント・企画がすべて町おこしの有効な手段になりえないのかと言うと、必ずしもそうではありません。が、有効なものになりえるには、やはり「明確なビジョン」とともに、「ユニークな工夫・仕掛け」や「産業を作り出す人=特産人」といった諸条件の整備が不可欠です。と同時に、「住民たちが集う活気のある場」が並行して創られていくこともまた重要なのです。そのようなことに気づかせてくれるところが、この本の魅力です。

 

[あらすじ] 「大学を作り、経済を発展させる人材を育てよう」

町役場に入って3年目、沢井結衣が所属する推進室は、「日常業務以外に起こったトラブルの処理係みたいな存在」になっていました。彼女は、同僚の一ツ木(「変人で狭量で傍若無人の上に面倒くさがり」)には振り回されっぱなし。ある日のこと、本倉町長が、「町おこしの鯉のぼりイベント」の運営を推進室に委ねたいと発言。それに対し、「私にやらせてくれませんか」と結衣。彼女が考えたイベントの実施案とは、消防団・青年会・自治会にも協力をあおぎ、廃校になった南予北分校を舞台に、5千円で各人が幟(のぼり)竿のオーナーになってもらうというものでした。イベント当日、本倉町長が連れてきたのは、伊達町副町長の葉山怜亜。「町おこしのプランニング、プロデュース、プロモーションのために」やってきた人物でした。総務省のエリート官僚である彼女の考える町おこしは、伊達町だけではなく、南予町を含めた広域市町村圏という枠で物事を考え、国の政策・施策を可能な限り活用していくというものです。また、結衣は、一ツ木が、「南予町に大学を作り、経済を発展させる人材(「特産人」)を育てよう」という、なにか夢のような考えの持主でもあることを知るようになります。ところが、宇都宮副町長が長期療養から復帰すると、幹部たちを目の前に、「町役場は堅実さが最も重要だ。荒唐無稽な町おこし策などはいらん、ともかく、これからは従来通りの業務をきちんとやってくれ」と厳命したのです。