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『外事警察』 - 「国際テロリスト・グループと戦う最前線」

「情報」という訳語が当てられる「インフォメーション」と「インテリジェンス」。前者はだれでも入手できる情報のこと。それに対して、後者は、政策決定者が安全保障や外交の分野で判断のよりどころとなるように選び抜かれた情報、端的に言えば諜報のことを意味します。わが国で、そうした情報に関与する組織としては、内閣官房内にある「内閣情報調査室」、法務省の外局である「公安調査庁」、警察庁警備局が統括する「公安・外事警察」、防衛省自衛隊の「情報本部」、外務省の「国際情報統括官組織」などを挙げることができます。そうした諜報機関の実態、活動の詳細は、業務の性格上、あまり明らかにされてはいませんが、それぞれに固有の問題を抱えているように思われます。しかし、諜報に関わる世界・事件・素材は非常に謎に満ちており、ドラマティックと言わざるを得ません。それゆえ、諜報機関の活躍を素材に、たくさんの小説が書かれています。「スパイ小説」というジャンルが確立し、「インテリジェンス小説」という言葉も使われています。今回は、秘密のヴェールに包まれた諜報機関で働いている人たちの「仕事というもの」に焦点を当てて選んだ二つの作品を紹介したいと思います。

諜報機関を扱った作品」の第一弾は、麻生幾外事警察』(幻冬舎文春、2012年)。国際的なテロ活動に対抗する極秘組織の外事警察。「彼らの行動はすべて秘匿され、けっして姿を公に晒されません」。警視庁外事課第3課作業班班長・住本健司警部補が2年前に結集したチームは、「テロリスト・グループと戦う最前線」。恐ろしく有能なスペシャリストたちの寄せ集めだったのです。さまざまなやり方を用いて情報を収集・分析し、必要なときにはオペレーション(テロリストに対して武力でもって行う直接執行行為)をも辞さない彼らの活動がスリリングに描かれています。2009年11月14日~12月19日にNH土曜ドラマで放映されたドラマ『外事警察』(主演は渡部篤郎さん)の原案となった作品。

 

[おもしろさ] ひと癖も二癖もあるスペシャリストを束ねるリーダー

本書の魅力は、①「自分の存在を完全に消す男」(森永卓也)、②「協力者獲得工作」では並外れた能力を発揮する男(金沢涼雅)、③とりわけアジア系外国人との間で人間臭い信頼関係を樹立してきた男(大友遥人)、④「ジジイゴロシとして抜群の能力を発揮」するだけではなく、危険を顧みない最前線での作業をもいとわない女(五十嵐彩音)といった「ひと癖も二癖もある部下」たちから信頼を勝ち取っている班長・住本の性格と仕事ぶりを克明に描き切っている点にあります。「この国の安全を誰が守れる? 自衛隊? 出動さえできない。外務省? 実行部隊を持たない奴らが泣きつく先は我々だ。内閣情報調査室公安調査庁などは問題外。内閣危機管理室はしょせんマニュアル屋。じゃあどこだ? 部隊と執行力を持った警察こそがこの国を守るのだ」。有賀正太郎・警察庁警備局長のそうした発言は、テロ対策の「実質上の統率者」に近い存在である人物ゆえの自負なのか、それとも、それがわが国における諜報機関の「実情」なのでしょうか? 

 

[あらすじ] 「日本を利用して世界中でテロを起こす」

国際テロリスト・グループが「日本において何らかの作戦を計画している形跡がある」と告げられた住本。狙われていると考えられるのは、精密機械メーカー「谷村インスツルメント」と、その代表取締役「谷村史也」。同社が国土交通省から受注した開発案件は、「核四重極共鳴システム」というもの。日本全国の主要な空港や港で使われる予定の新型の爆発物検出装置です。谷村インスツルメントは、そのシステムの国際特許を持っており、世界標準化を狙っています。将来的に世界標準化に成功すれば、海外の空港や港でも設置される可能性がでてくるわけです。そこで、国際テロリスト・グループは、そのセキュリティ・システムを弱体化させるための技術を入手しようとしていると思われたのです。とはいえ、相手の存在や出方など、すべてのことがはっきりとは読み切れません。住本たちのチームの対策・行動は、敵に翻弄されたり、だまされたりすることも含め、さまざまな試行錯誤を伴わざるをえませんでした。そして、辿り着いたのは、なんと日本そのものを利用しようとして世界中でテロを引き起こそうとする計画だったのです!