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『トップナイフ』 - 知られざる脳外科医の世界

「医師を扱った作品」の第二弾は、林宏司『トップナイフ』(河出文庫、2019年)です。トップナイフとは、医師の中でも超一流の技術を持った「頂点の外科医」にのみ与えられる最高の称号。天才的な脳外科医たちの苦悩と希望が描かれています。多くの脚本を手掛けてきた人気脚本家による初小説。2020年1月期に日本テレビ系で放映された土曜ドラマ『トップナイフ-天才脳外科医の条件-』(主演は天海祐希さん)の原作本。

 

[おもしろさ] 実に不可思議な病を抱えた患者たち

本書の特色は、実に不可思議な病を抱えた患者がたくさん登場する点にあります。具体例を挙げると、①「カプグラ妄想」(母親を見ても、見ず知らずの、どこの誰ともわからない赤の他人を見た時と同じ感情しか抱くことができない)、②「コタールシンドローム」(自分が生きている実感がまったく感じられず、「自分はもう死んでいる」「自分は幽霊である」などと思い込んでしまう)、③「サヴァン症候群」(ほとんどが自閉症などの障害を持ちながら、ごく特定の分野で突出した能力を発揮する)、④「エイリアンハンド」(自分の腕を他人の腕と思い込む)……。それらの治療に取り組む脳外科医たちの苦労も半端なものではないのです。

 

[あらすじ] 圧倒的に個人技が支配する脳外科の手術

東都総合病院の脳神経外科は、全国から選りすぐりの脳外科医が集まっていることで知られた病院です。それは、ひとえに外科部長の今出川孝雄は破格のギャラで優秀な脳外科医をスカウティングしたからです。そして、ただでさえ癖のある脳外科医たちを次長としてうまくまとめているのが、主人公の深山瑤子50歳です。彼らが群れることを嫌う個性的な「ユニーク人間」ばかりなのは、日常的に行っている手術のやり方とも関係しているのかもしれません。例えば、心臓手術にあっては、手術する部分を開き、皆が覗き込んで作業することになるので、執刀医、助手、看護師、麻酔医などの総合力で競うオペになります。それに対して、脳外科の手術では、主にマイクロサージャリーという最小限度の術野で執刀医が手術用顕微鏡をのぞきながらのオペとなります。したがって、執刀医以外は立ち入る余地がほぼなく、執刀医の圧倒的な個人技の世界となるのです。では、上述したような驚くべき症状の患者たちに対して、どのように診断し、接していくのでしょうか?