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『試練 護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』 - 女性艦長が発揮したリーダーシップ

自衛隊を扱った作品」の第二弾は、時武里帆『試練 護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』(新潮文庫、2022年)です。海上自衛隊の早乙女碧二佐(44歳)が護衛艦「あおぎり」の艦長として着任した初日を描いた『護衛艦あおぎり艦長 早乙女碧』の続編。本書では、着任から1週間後の隊訓練を経たあと、一般見学客を乗せての体験航海中に起こった非常事態と、新艦長早乙女がその緊急事態にどのようにリーダーシップを発揮するのかが描かれています。著者の海上自衛隊における勤務経験がベースになっており、一般の人にはなかなか知りえない「海上自衛隊の内部事情」や「隊員たちのお仕事」がリアルに描き出されています。

 

[おもしろさ] ロールモデルをめざすのではなく……

本書の魅力は、なんと言っても、海上自衛隊の内実がさまざまな角度から浮き彫りにされている点にあります。一つ目は、海自の特性。海上自衛隊の、特に艦艇部隊にあっては、「一度出港したら長きにわたり、狭い艦内で同じメンバーと顔を突き合わせて生活していかねばならない。この密度の濃さは陸自や空自とは明らかに異なるものだ」。二つ目は、女性自衛官。かつては「戦艦に女は乗せない」という考え方が一般的でした。ところが、いまでは、艦艇部隊でも航空部隊でも、ほとんどの職域は女性に解放されています。最後の砦だった潜水艦にさえ女性が乗組もうとしているのです。三つ目は、「ロールモデル」。特定の職場への女性の進出が進むと、よく話題になる言葉なのですが、ここでは、女性が後に続く後輩たちのための「ロールモデル」をめざすことを目標にしない生き方が強調されています。それは、「家庭を犠牲にしても着実に任務をこなし、バリバリと目覚ましく活躍するスーパーウーマンを輩出すること」ではなく、「あらゆる層の女性自衛官たちが女性としての人生を輝かせつつ、定年までキャリアを積める道を切り拓いていきたい」と言い放つ女性自衛官の言葉にシンボリックに示されています。

 

[あらすじ] 「誰ひとり信用してない。だから、すぐムキになる」

早乙女碧が艦長を務めることになった護衛艦あおぎり(全長137メートル、基準排水量3550トン、乗組員総員170名)。海上自衛隊が所有する艦艇のなかでは中堅クラスに当たる汎用護衛艦で、母港は呉。彼女にとっては、二艦目の艦長職となります。着任してまだ1週間しか経っていないのですが、初めての「あおぎりの女性艦長」になった彼女は、「新しい風を吹かせたい」と願っていても、部下との距離感をなかなかつかめず、人間関係のむずかしさを痛感させられています。例えば、「たたき上げ気質」と「エリート志向」の両方を併せ持っている暮林副長は、「一癖も二癖もある人物」。非常にやりにくいのです。「女の命令なんか聞けるか」と思っているところがあるのです。晴山芽衣三佐(搭載しているヘリの運用に関わるすべての作業を受け持つ飛行科を統率する科長)は、早乙女と同じ44歳で、「忖度無用!」と、早乙女にはストレートに意見をぶつけてきます。「艦長は誰ひとり信用してない。だから、心配なんじゃないですか? だから、すぐムキになっちゃうんじゃないですか?」といったふうに。坂上砲術士からは、退職願いの申し出があるのですが、どう判断すべきかを決めかねています……。どの組織にもある問題・悩みと言えば、それまでなのですが、女性差別面従腹背パワハラなど、トップとして悩みが尽きません。そのような状態で、本当に危機が勃発すれば、対応できるのか? 少し心配になってくるほどです。しかし、大丈夫! 後半部分に用意されている「緊急事態」が起こると、艦長と隊員たちの間で連帯感が生まれ、「一丸」となって対応できるようになっていくからです。民間人を多数乗せ、瀬戸内海で実施された「体験航海」中に勃発した緊急事態についての叙述は、「手に汗握る」という表現にふさわしく、実にスリリングなものになっていることを忘れずに、記しておきましょう!