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『航空自衛隊副官 玲於奈』 - 著者は、元幹部自衛官で、自らも副官の経験者

自衛隊を扱った作品」の第三弾は、数多久遠『航空自衛隊副官 玲於奈』(ハルキ文庫、2020年)です。沖縄那覇基地に勤務している斑尾玲於奈二等空尉。彼女に下ったのは、南西航空方面隊司令官付き「副官」の辞令。南西航空方面隊は、日本をざっくり四つのエリアに分けたうちの、一番南西側、沖縄と鹿児島の一部周辺空域を守るのが仕事。空自は、いかなる組織なのか、その隊員はどのような訓練をし、どんな生活をしているのか、またどのようなことを考えながら過ごしているのか? そうした疑問に答えることができる内容になっています。著者の数多久遠は、元幹部自衛官で、自らも副官の経験者。

 

[おもしろさ] 「秘書というより、司令官に最も近い総合幕僚」

本書の特色は、ずばり、斑尾玲於奈の副官としての仕事ぶりを描いている点にあります。赴任してきたばかりの溝ノ口司令官の引っ越し時の荷解きの手伝いから始まり、、司令官へのスケジュールの報告、司令官が各部を回る巡視の際の先導、着任時の状況報告への臨席、毎朝行われる定例報告への出席、報告・決済のために訪れる司令部の幕僚たちのコントロール、部外者の来訪や部外での会合へのお呼ばれ、航空自衛隊が行っている対領空侵犯措置と同じ領域警備の一環として行われている「監視フライト」を「遊覧飛行」と揶揄したマスコミからに対しても、けっして逃げずに、機転を利かしての対応を果たしていくこと、さらには溝ノ口の妻から「極秘に」依頼された「旦那の行動の監視」に至るまで、実に幅広いのです。「秘書みたいなものというより、司令官に最も近い総合幕僚」のような存在なのかもしれません。副官として、機転を利かし、数々の案件にうまく対応していけるようになる斑尾の成長ぶりが描かれていきます。また、1995年に起きた「沖縄米兵少女暴行事件」と絡め、溝ノ口司令官の抱負が述べられています。その事件によって、反米軍基地感情が爆発し、大きな政治問題と化したわけですが、当時、まだ新米戦闘機パイロットであった溝ノ口は、なにもできませんでした。が、司令官になったいま、「自衛隊が、そして在日米軍が、この沖縄で、人々の心の底から、その存在を望まれるものになるように、手を尽くしていきたい」と考えています。そういう強い使命感を持って着任しているのです。

 

[あらすじ] 「自衛官としての斑尾玲於奈の原点」はなんとゲーム! 

斑尾玲於奈は、「ワッフ(WAF)とも呼ばれる女性自衛官」としては、ちょっと高めの身長167センチ。入隊後のトレーニングで筋肉が付き、いまでは立派な「細マッチョ」。ほかの隊員には、ほとんど知られていませんが、「自衛官としての彼女の原点」は、なんとゲームだったのです。彼女が所属する「第五高射群は、地対空ミサイル、パトリオットを運用し、弾道ミサイル防衛に携わる部隊」。彼女は、その中で、群全体の戦術指揮(空自では統制と称されている)を行う指揮所運用隊の小隊長を拝命しています。とはいえ、「やっと命令を下すことにも慣れてきた程度の初級幹部」にすぎません。希望しているのは、「レーダーを扱う要員に対して高度な電子戦技術を教える電子戦課程」。高射運用を究めたいと考えているからです。ところが、軍司令の推薦で、南西航空方面隊司令官(在沖縄自衛官のトップ)の交代に当たって、副官も交代することになり、その候補になったのです。「副官は、激務で知られると同時に、優秀と評価される者が補職される一種のエリート配置」。「高射のスペシャリストをめざしたいという彼女の目標とはあまりにもかけ離れているので、断固、拒否するつもりになっていた斑尾。ところが、副官として働くことになり、秘めていたパワーを発揮していくようになっていきます。