経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『警視庁53教場』 - 警察学校教官の謎の死から始まる物語

「警察学校を扱った作品」の第二弾は、吉川英梨『警視庁53教場』(角川文庫、2017年)。2001年の警視庁警察学校1153期小倉教場に所属していた学生たちの動きと、16年後の「事件」に対する捜査活動が並行して語られていきます。捜査するのは、警視庁刑事部捜査一課六係主任の五味京介警部補と、府中警察署刑事課強行犯係の瀬山綾乃。物語の軸になっているのは、五味の生き様、警察学校の仕組み・伝統、学生たちの生の言動、警察という縦組織が生み出す理不尽性、事件を追いかける刑事たちの執念……。長岡弘樹の『教場』をさらに掘り下げていける内容です。

 

[おもしろさ] 優等生だと、いい刑事になれない! 

本書の特色は、警察学校の教官・学生の関係性、同期の学生たちの間に生まれる「タダの友情ではなく、同じ痛みや感情を共感できる深い絆と仲間意識」、彼らの心の動き、警察という「特異な組織」の不条理性、警察学校教官の死にまつわる不可解な謎の解明過程を浮き彫りにしている点にあります。また、五味の生き様にも、興味がそそられます。警察組織の花形と言われる本部捜査一課刑事である五味京介。警察学校時代にあっても成績優秀で、何事でもそつなくこなす。まとめ役である場長にぴったりの人柄だったのです。ところが、小倉から直言されます。「お前は絶対にいい刑事にはなれない……。犯罪者と自分自身をきっちり線引きして、送検して終わりだ。お前はこのままだと、そういうつまらないサツカンになる。お前は学ばなければいけない。(問題児でもある)広野や高杉から学ぶんだ。人間力で言えば、お前は小倉教場一の落ちこぼれだ」。「警察官が現場に出て相手するのは、失敗に対して真摯に向き合って、問題を解決していけるような人間ではない。逃げるべきじゃないのにどうしていいのかわからず逃げて、奈落の底に落ちていくような輩ばかりなんだ」と。「正しいことしかしない」と自負していた五味にとって、小倉の言葉は心に大きな痛みを感じさせるほど力があったのです。

 

[あらすじ] 事件解決の鍵は、16年前の教場時代に

警視庁警察学校1281期を担当する教官・守村聡の首つり死体が発見。最初は衝動的な自殺と見なされていました。が、解剖で遺体から筋弛緩剤が検出。捜査一課の五味は、府中署の瀬山とともに、より本格的な捜査に乗り出します。やさしい性格で、気が弱い守村は、五味の警察学校(16年前の警察学校1153期小倉教場)時代の仲間でした。同期には、①元海上自衛隊自衛官で、屈強な体つきを持ち、女癖が悪い高杉哲也、②殉死した警察官を父に持ったことで、問題を起こしても許され、甘やかされて、性格を歪めてしまい、ついに自殺してしまう問題児・広野智樹、③同期の女性警察官クラスに所属し、自由奔放な性格を有した神崎百合(のちに五味と結婚する)などが所属していたのです。当時の出来事が守村の死と関連しているのではと見当をつけた五味と瀬山は、かつての仲間たちを調べ始めることに。