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『ザ・ウォール』 - オーナーの「夢」と監督の「めざすもの」

3月29日、プロ野球の公式戦が始まります。そこで、三回にわたり「プロ野球を扱った作品」を紹介します。プロ野球には、選手、監督・コーチ、球団の経営陣のみならず、代理人やスカウトなども含めて、多くの職業人が関わっています。それはまた、たくさんの「人間ドラマ」を生み出してきました。選手の確保・育成からチーム力の強化や球団の運営に至るまでさまざまな課題を抱えるプロ野球は、ビジネス小説・経済小説の素材にもなりえるのです。

プロ野球を扱った作品」の第一弾は、堂場瞬一ザ・ウォール』(実業之日本社、2019年)です。多くの野球小説を手掛けてきた著者の力量が余すところなく発揮されています。

 

[おもしろさ] 将来、こんな「未来型球場」で野球を楽しめるかも

この本の魅力は、想像するだけでも楽しくなる、実にユニークな「ザ・ウォール」という異名をとる前代未聞の「未来型球場」を疑似体験できる点にあります。地下鉄新宿西駅前の再開発に組み込まれる形で計画されたスタジアムは、非常に特異な形状。単に地上20階、高さ百メートルの三つの高層ビル(オフィスビル、ショッピングビル、ホテル棟)に取り囲まれているだけではなく、それらのすべてが一体化されています。そこには、大の大リーグ・ファンでもある「スターズ」のオーナー・沖真也の「夢」が込められているのです。これまで、日本の球場は、「独立した空間として、野球という非日常的な世界」を演出してきました。それに対して、沖は、生活やほかの娯楽と野球を一体化し、街に溶け込んだ、まったく新しいコンセプトの球場をめざしたのです。それは、ビジネスマン・ビジネスウーマンが仕事帰りに立ち寄れ、ショッピングを楽しみ、レストランで食事を満喫し、併せて気軽に観戦できる球場のスタイルということになります。それだけではありません。それぞれのビルの上層階には、「特別観覧席」が設けられ、レストランで食事をしながら、あるいはホテルの部屋にいながらでの観戦も想定されているのです。

 

[あらすじ] 堅実な采配で試合に臨む監督とオーナーとの確執

低迷にあえぐ名門球団スターズは、本拠地を副都心・新宿に移転し、開幕を迎えます。オーナーに請われて監督に就任したのは、5年前にスターズの監督を退き、スポーツ紙の専属評論家をやっていた樋口孝明49歳。彼にとっては、「チーム力の強化」が最優先課題。選手の多くは、長年の低迷であまり元気がないという状況のなかで、樋口は、ヘッドコーチ沢崎鉄人のサポートもあって、現有戦力を駆使しつつ、地道なチームづくりに励んでいきます。それに対して、オーナーの考えは、強いチームを作って観客を呼ぶというよりは、これまでにない球場を造ることでファンの目を引き、スタンドを埋めたいというもの。勝敗よりもむしろ観客動員数にのみ大きな関心を示し続けるオーナーは、実力を見極める力がないにもかかわらず、選手の起用についても露骨に介入してきます。オーナーと監督の考え方の違いは、時を経るにつれて、一層顕在化していきます。大きなストレスを感じながらも、懸命に頑張る監督。果たして、チームの行く末はどうなるのでしょうか? 

 

ザ・ウォール

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