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『家裁調査官・庵原かのん』 - 非行少年に厚生の道筋を! 

家庭裁判所(略して「家裁」)とは、離婚・遺産相続をはじめとする家庭内のあらゆる問題(家事事件)と少年が起こした事件(少年事件)を扱う裁判所のこと。全国に50ケ所。支部が203ケ所、出張所が77ケ所あります。家裁でいう「少年」とは、罪を犯した場合に処罰を下すことができる14歳から19歳の子ども(女子を含む)を指しています(なお、刑事責任を問えない14歳未満の子どもは、家裁ではなく、児童相談所が対応することになります)。処罰と言っても、あくまでも少年の保護厚生を目的としたものだというところが、成人に対する場合と異なります。「将来ある彼らの可能性を信じて、問題の原因を探り、立ち直りへの筋道をつける」のが、処罰の目的だからです。そこで登場するのが、家裁調査官。彼らは、少年自身や保護者はもちろんのこと、必要な場合は学校や勤務先などの関係者からも話を聴き、記録に残し、裁判官の審判につなげていく仕事を行っています。今回は、家裁調査官の業務・苦労・喜びを描いた作品を二つ紹介します。

「家裁調査官を扱った作品」の第一弾は、乃南アサ『家裁調査官・庵原かのん』(新潮社、2022年)です。窃盗、万引き、動物への虐待、道路交通法違反、特殊詐欺、売春、暴行などの事件を起こす少年の心の中には、多くの場合、「両親などに対する不信感・わだかまり・愛憎」が宿っています。そうした少年たちと対峙し、厚生への道筋を創ろうと尽力するのが家裁調査官。庵原かのんを軸に、彼らの「不安・心配・怒り」と「喜び」に真っ正面から切り込んだ小説です。

 

[おもしろさ] 読んで、聴いて、待って、そして書く! 

家裁調査官の仕事は四つ。まずは保護者らから届いた照会書や警察が作成した調書などを「読む」こと。次に、少年自身や保護者はもちろん、多くの関係者から話を「聴く」こと。もちろん、簡単に口を開いてくれない少年も多く、じっくりと「待つ」という姿勢も不可欠です。そして、得られた少年の実像、彼らが抱える問題、今後の展望などを整理し、「少年調査票」を「書き」、裁判官に提出すること。裁判官は、この調査票と、さらには鑑別所の技官・教官が作成した「鑑別結果通知書」の二つを主な資料として、独自な裁量で少年に審判を下すことになります。本書の特色は、そうした家裁調査官の仕事の一連の流れを知ることができる点にあります。そして、もうひとつは、少年事件を生み出す背景となる、少年の精神的な不安定感や、少年に対する過保護・過干渉・無関心といった、むしろ両親・家庭にこそ問題ありと考えられるような複雑な環境・実情を浮き彫りにしている点にあります。家族と一緒に食事をする、愚痴をこぼしながらも、なんとか笑顔もある生活を送れている。そんなごく普通の「日常生活」のありがたさを心底、再確認させてくれる作品でもあります。「人を恨んだり憎んだりっていう気持ちは一度持っちゃうと、胸の奥に根を張るみたいなの。それでだんだん、自分の栄養が吸い取られていくんだよね」。かのんの言葉が心に刺さります。

 

[あらすじ] 家裁調査官というお仕事

福岡家裁北九州支部の少年係調査官は、50代の勝又主任調査官を筆頭に、鈴川、50手前の巻、30代も半ばを過ぎた庵原かのん、20代の若月という五名で構成。調査官は、3年ごとに異動します。それぞれの土地のことが分かりかけたと思う頃には、ほかの土地に移ることに。少年たちとも、職場の仲間とも、一期一会を繰り返していくのが、この仕事なのです。次から次へと新しい事件が舞い込み、各調査官に割り振られていきます。家裁調査官は、常に7~8件の事件を掛け持ちすることになります。かのんは、大学卒業後、「人に喜ばれる仕事につきたい」という思いから、大手のホテルに就職。ところが、その思いを実現させることは難しいと感じた彼女は、3年間務めたあと、心機一転、家裁調査官をめざしたのです。かのんは、担当することになる少年たちと、どのように接し、なにを感じていくのでしょうか?