経済小説イチケンブログ

経済小説案内人が切り開く経済小説の世界

『ディーセント・ワーク・ガーディアン』 - 「まっとうな仕事ができるように」

「労働基準監督官を扱った作品」の第二弾は、沢村凛『ディーセント・ワーク・ガーディアン』(双葉文庫、2014年)です。「労働基準関連法規に一点の違反もしていないと胸を張れる事業主は、めったにいない」という現実と格闘する労働基準監督官のリアルを描いた6つの短編から構成される連作集。「ディーセント・ワーク」とは、国際労働機関(ILO)が21世紀の目標として掲げた言葉です。「ディーセント」を直訳すると、「適正な」とか「妥当な」という意味になるのですが、著者は「まっとうな」という日本語が一番フィットしていると考えています。したがって、本書のタイトルである「ディーセント・ワーク・ガーディアン」というのは、「まっとうな仕事ができるように、働く人たちを守る人」、つまり労働基準監督官のことを意味しているのです。

 

[おもしろさ] 労働基準監督官ならではの視点や考え方を軸に

ある工事現場の足場の解体中に起きた転落事故死(第一話)、夫の過重労働を心配する妻の電話をきっかけに始められた調査(第二話)、コンビニ強盗の容疑者のアリバイ(第三話)、最低賃金をめぐる部下の迷い(第四話)、工場内の産業用ロボットの下で死体が発見されるという不可解な殺人事件(第五話)など、謎めいた諸事件・事案のウラに隠された「真実」が、労働基準監督官ならではの視点や考え方を軸に解き明かされていきます。また、自らの身勝手な思惑で労働基準監督官を利用しようとする「したたかな」人たちの言動や、助けようと思っている労働者に足を引っ張られるような事態が起ることなどが指摘されており、興味がそそられます。そして、厚生労働大臣の意を受けて主人公の労働基準監督官に突然降りかかった「罷免」の危機を扱った第六話では、揺れ動く当事者の心の変化とともに、仕事に対するプライドの尊さが描かれています。

 

[あらすじ] ときには名探偵ぶりを発揮! 

県庁所在地となっている黒鹿市(架空の市)にある黒鹿労働基準監督署が舞台。同署第二方面主任監督官・三村全、彼が教育係となっている新米の監督官・加茂俊生、三村の友人で、黒鹿南警察署の警部補・清田圭悟らが登場。主人公の三村は、法違反事項に遭遇すると、自らの感覚を大事にしつつも、まずは「事実による裏付け」を得るために、綿密に調査を行っていきます。そして、ときには、名探偵さながらの推理を働かせることも。