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『あしたの君へ』 - 家裁調査官補の成長物語

「家裁調査官を扱った作品」の第二弾は、柚月裕子『あしたの君へ』(文芸春秋、2016年)。家裁調査官になるためには、まずは裁判所職員採用総合職試験に合格することが必要です。さらに、2年間の養成課程研修を受けます。研修を受けている間は「家裁調査官補」と呼ばれます。望月大地は、まだ見習い中の家裁調査官補。同僚の調査官たちからは、親しみを込めて「カンポちゃん」と呼ばれています。本書は、22歳の「カンポちゃん・望月大地」の仕事ぶりとその成長を描いた作品です。

 

[おもしろさ] 家裁調査官の仕事の「やり甲斐」が鮮明に

この本の特色は、望月大地の視点から家裁調査官の仕事の「やり甲斐」についても鮮明に描かれている点にあります。三つほど、紹介しましょう。①事件を引き起こした少女が「ずっと背負っていた重い荷物をやっと下すことができた」ことを感じたとき、目の前の光景が輝いて見えた。②どうすればよいのか、わからないままではあるが、「悩みを抱えている人たちの力になりたい」という気持ちが湧いてきた。③目に見えない難しい案件に取り組む過程で、「自分の足で調べて証拠を手に入れ」、「一人の女性を救った」ことを自覚できた。

 

[あらすじ] 志望動機は、使命感ではなく、安定した収入

福森家庭裁判所には、総括主任である真鍋恭子(42歳)の下に12名の家裁調査官がいます。離婚や相続問題を扱う家事事件担当が6名と、少年犯罪を扱う少年事件担当6名です。昨年の夏、裁判所職員採用総合職試験に合格した望月大地は、この春、家裁調査官に採用され、家裁調査官補になったばかりの新人です。家裁調査官は、ひとりでいくつもの案件を抱えます。少ないときで十数件、多い時は20件をこえることも。特に、学校が夏休みに入る8月には、少年事件の案件が一気に増加するようです。「悩みを抱える人の力になりたいとか、社会の役に立ちたいなどという大層な使命感から家裁調査官を志したわけではない。安定した収入、そして、昔から人付き合いが苦手な自分には、人間ではなく書類と向き合う仕事の方が向いているような気がしたからだ」。大地は、元来そういう人物でした。ところが、「実際の家裁調査官の仕事は、書類より人間と向き合うことが重要だった」ことに気づきます。「もともと、この仕事が自分に合っているか不安だったのですが、その不安は実務研修を行っているこの半年間でさらに膨らん」でいきます。実のところ、少年少女との面談、事件の調査、離婚調停の立ち合いと、実際に自分でも案件を担当するものの、思い通りにいかず自信を失うばかりだったのです。それでも、葛藤を繰り返しながら、少年たちと真摯に向き合うなかで、一人前の家裁調査官へと成長していきます。頑張れ、大地!