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『碧空のカノン』 - 自衛官として演奏活動という任務を担う音楽隊

音楽隊を持っている公的組織としてよく引き合いに出されるのが、自衛隊、警察、消防の三つです。同じように音楽隊という言葉が使われていますが、その内実はかなり異なっているようです。ただ、音楽隊が行っているさまざまな行事や式典での演奏活動が各組織にとって不可欠な要素になっている点は共通しているように思われます。今回は、自衛隊および警察の音楽隊を扱った二つの作品を紹介します。

「音楽隊を扱った作品」の第一弾は、航空自衛隊の音楽隊を素材にした福田和代『碧空のカノン 航空自衛隊航空中央音楽隊ノート』(光文社文庫、2015年)。諸外国の軍楽隊に相当する音楽隊は、陸上・海上・航空という三つの自衛隊のそれぞれに置かれ、ひとつの職種として定着しています。本書の舞台は、航空自衛隊立川分屯基地内にある航空中央音楽隊(ほかにも、北部・中部・西部・南西部の各方面に四つの音楽隊がある)。主人公は、アルトサックスを担当する鳴瀬佳音(カノン)自衛官29歳。中央音楽隊の役割・使命・行事、隊員たちの業務・日常生活、そして音楽の魅力が綴られています。隊員の主な任務が音楽演奏であり、定年も60歳。音楽を仕事にしたい人にとっては、非常に恵まれた環境と言えます。以前は、普通の自衛官として入隊した中から、吹奏楽の経験者をピックアップしたケースが多かったのですが、ここ数年、音楽隊に入隊するのは9割が音大卒業生となっています。

 

[おもしろさ] 人を励まし、癒す「音楽の力」

本書の特色は、【あらすじ】のところで言及されるように、カノンの周辺で起こるいくつかの「不思議な出来事の謎」が明らかにされていく過程で、①航空中央音楽隊の活動・使命、②隊員たちの仕事ぶりと音楽に対する思い入れ・情熱、③人を励ましたり、勇気づけたり、癒したりする「音楽の力」などが描かれている点にあります。カノンが属する音楽隊が、「音楽の力」で聴衆を、また読者をどのように魅了していくのか、大いに楽しめるでしょう! 

 

[あらすじ] 身体と一体化したようなサックスを自由自在に

中学・高校の吹奏楽部でアルトサックスの腕を鍛え上げたカノン。高校時代、遅刻・忘れ物はいつものこと。「どんくさい」存在でした。ところが、「いざ楽器を握って曲を吹き始めると、人が変わって」しまうのです。「身体と一体化したようなサックスを自由自在に響かせて、溢れる豊かな情感をしっかり音に乗せてしまう」力の持ち主だったのです。その後、東京の音楽大学器楽専攻科を卒業し、音楽隊に入隊。航空中央音楽隊の隊員たちは、演奏や訓練とは別に、デスクワークがあります。60名ほどの演奏者は、総務班、演奏班、計画班という三つの班のどれかに属することになっており、カノンは、コンサートの企画に携わる計画班に配属。中央音楽隊には、毎年驚くほどたくさんの演奏依頼が舞い込み、大小あわせて年に百回ほどの演奏会をこなしています。「楽器は毎日演奏しないと腕が落ちる」ので、毎日、5、6時間の練習が欠かせません。興味深いのは、彼女の身の回りには、時折、「不思議な出来事」が起こることです。楽譜の保管庫から楽譜のごく一部だけが見当たらない。ある冬の日曜日の午前7時、電子音の『愛の讃歌』が突然なり始める。絵葉書の版画の絵には込められたメッセージが隠されている……。カノンは、仲間の隊員たちと一緒に、「不思議な出来事の真相」を明らかにしていきます。