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『異動辞令は音楽隊!』 - 辣腕刑事がドラム奏者に! 

「音楽隊を扱った作品」の第二弾は、警察音楽隊を素材にした内田英治『異動辞令は音楽隊!』(講談社文庫、2022年)。前回紹介した航空自衛隊中央音楽隊と比べると、都道府県ごとに設置されている警察音楽隊の方は、活動領域・隊員数・予算規模はかなり小粒に映ります。また、警察音楽隊に入る前に、特定の楽器でそれなりの水準を獲得してきた人材がきわめて少ないのです。加えて、隊員たちは、それぞれに「通常勤務」を抱えていますので、練習時間を確保することの難しさを痛感しているのです。結果として、演奏技術も自衛隊音楽隊よりは圧倒的に「低い」と評価されています。もちろん、そうした制約がありながらも、音楽と音楽隊を愛する人たちの頑張りは、健在なのですが……。本書の主人公は、急遽、警察音楽隊(隊員数23名)に異動を命じられた刑事の成瀬司です。現場ひと筋30年、一心不乱に働くものの、気がつけば組織からはみ出し、妻とは離婚。認知症の母親と同居しています。異動先の音楽隊にもなじめず、不協和音が鳴り響きます。ところが、ドラムと格闘するなか、音楽隊の仲間たちとも協調するように変わっていきます。そんな成瀬の「驚き・怒り→戸惑い→気づき→再生」の物語です! 2022年8月26日に公開された映画『異動辞令は音楽隊』(監督・脚本:内田英治さん、主演:阿部寛さん、出演:清野菜名さん)の原作。

 

[おもしろさ] 「ミドルエイジ・クライシス」とそこからの脱却

「昭和を生きた昔の刑事たちは多少荒っぽかったし、常識から逸脱した捜査もあったが、地べたに這いつくばりながらも事件を解決してきた」。そうした環境下で育てられた刑事たちは、部下たちにも、同じようなやり方を押し付けるところがあったのです。しかし、時代は変わりました。「地べたを這う捜査は敬遠され、足を使うよりも携帯電話やパソコンと睨めっこする時間が長くなった」のです。それに対して、ベテラン刑事のなかには、そうした変化についていけず、認めることもできないで、いつもイライラしている者がいたのです。強引な上司の押し付けは、若手刑事にとっては、パワハラ以外の何物でもないにもかかわらず、気が付かないのです。成瀬は、まさにそんな刑事のひとりだったのです。「刑事は常に飢えているべき、痛みに耐え、底辺で這いずり廻り、ようやく犯罪に打ち勝てるのだ」と教えられてきたのです。50代半ばを過ぎた成瀬は、なにをどうすればいいのか、わからなくなってしまっていたのです。本書のユニークさは、そうした「中年の危機(ミドルエイジ・クライシス)」に陥った辣腕刑事が、音楽隊に異動させられ、失意のどん底を経験するなかで、今度はドラムの演奏と音楽隊の一員として仲間との協力に喜びを見出し、自らの「生きる力」を再構築し、さらには音楽隊それ自体のパワーアップを果たしていくプロセスを描いている点にあります。

 

[あらすじ] 「生意気な部下が屈服する瞬間がたまらなく好き」

4000人近くの警察官を擁する県警本部。その頂点に君臨する「神」とも言うべき本部長の五十嵐和夫警視監が、高齢者を狙う「アポ電強盗事件」についての捜査会議に出席しています。五十嵐にとって、この田舎県警への着任は本意ではありません。早く成果を上げ、霞が関の警視庁に戻りたいと考えています。五十嵐の訓示中に、ひとりの刑事が新聞を読んでいました。成瀬です。「長い会議に時間をかけないで、足を使って情報を集めましょう」という趣旨の発言をします。「足なんぞ使わなくても効果的な捜査はできる」という五十嵐の返答に失望する成瀬。その後、部下の坂本祥太を伴って、自らの勘で連続アポ電強盗グループとつながっていると目星をつけていた人物の家に直行。暴力的な行為を伴う強引な「聞き込み」を行うのですが、のちに「脅された」という苦情が警察署に寄せられます。さらに、ハラスメント対策室に、「成瀬から精神的圧迫を感じている」という投書が届けられることに。後日、「生意気な部下が屈服する瞬間がたまらなく好き」という五十嵐から「音楽隊」への異動という辞令が渡されます。「オレ知らなかったよ。警察にミュージシャンを抱えてる部署があったなんてよ」と、井上涼平刑事が発した言葉。憤慨した成瀬との間で、取っ組み合いの大騒動が勃発……。かくして、成瀬の音楽隊への異動が相成ったのです! 子どもの頃、和太鼓の経験があったことで、ドラムの担当に。一度も触ったことがない楽器だったのですが、果たして?