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『森崎書店の日々』 - 「決して忘れ得ぬ、大切な場所」

古書店を扱った作品」の第二弾は、八木沢里志『森崎書店の日々』(小学館文庫、2010年)。小さな古書店がずらっと軒を構える「本の街・神保町」が舞台。恋人と仕事を失い、失意のどん底に陥った貴子が、その地で中古本を販売する「森崎書店」を営む叔父のサトルのもとで手伝いをするようになります。それまでは、すべてに受け身の人生を送ってきた貴子。森崎書店の日々が「本当の人生を始めるきっかけを与えてくれる」ことに。古書店で働く人の日常・仕事、常連さんたちとの付き合い方、個々の古書店主を支えているネットワーク、神田古本まつり、今時の古書・古本事情がよくわかるだけではなく、ほとんどの古書店(書店数は170以上)がそれぞれに専門分野を有し、「世界一大きな古本街」、あるいは「古本ワンダーランド」とも称されうる神田神保町という地域のユニークさ・魅力に気づかされることでしょう。2010年10月23日に公開された映画『森崎書店の日々』(監督・脚本:日向朝子、主演:菊池亜希子、出演:内藤剛志田中麗奈)の原作。

 

[おもしろさ] 「もしあの日々がなかったら……」

貴子が森崎書店で暮らしたのは、「夏のはじめから、翌年の初春にかけてのこと」でしかありません。きわめて短期間だったのです。にもかかわらず、のちに「もしあの日々がなかったら、わたしのその後の人生は、もっと色味に欠け、単調でさみしいものだったに違いない」と言わしめるほどに、大きなインパクトがあったのです。本書のおもしろさは、森崎書店で経験した「本や人との出会い」によって、貴子がどのように変わっていくのかを描いている点にあります。そして、「本の力」を余すところなく読者に伝えているのです! 

 

[あらすじ] 「これはまあ、人生という長い旅における一休みさ」

ある日のこと、職場の3つ先輩である恋人の英明から、「俺、結婚するんだ」と別れを告げられた貴子。二股をかけられ、「自分自身はただの遊び相手」だったことにショックを受けます。食べ物を受け付けず、夜も寝れなくなった彼女は、肉体的にも精神的にももう限界だと思い、会社に辞表を提出。なにをすればよいのか、わからなくなった貴子。対処法は、「ただひたすらに眠るということ」。1カ月ほどが過ぎたころ、サトル叔父さんからの電話が契機となり、「近代文学専門・森崎書店」に住み込んで仕事を手伝うようになります。最初のうちは、寝てばかりの生活。ところが、叔父に行きつけの喫茶店「すぼうる」連れていかれたり、そこのスタッフと話をしたり、さらには、叔父と散歩をして、本と旅と「出て行った妻の桃子さん」の話をしてもらったりすることで、徐々に変化の兆しが出始めます。「わたし……こんな風に何もしないで、時間を無駄にしてるかな……」という貴子。それに対して、「そんなことないと思うよ。ときには人生、立ち止まってみることも大切だよ。これはまあ、人生という長い旅における一休みさ。ここは波止場であり、君という船は、しばらくここで錨を下しているってだけだよ。で、よく休んだら、また船出すればいい」というサトル。やがて、貴子は、近くにあった多くの本の中から、最初に手に触れた本(室生犀星或る少女の死まで』)を読み始めます。すぐに退屈して寝てしまうだろうと思っていたところ、すっかり夢中になってしまいます。それがきっかけとなり、彼女は、どんどん本を読みまくるようになるのです。いままでずっと心の奥で 眠っていた読書欲が、ポンと音を立てて弾けて飛び出したような感じなのです。自分の人生を真剣に考え始めた貴子。どのような行動をとるのでしょうか?