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『崖っぷち町役場』 - 職員の目線から見た田舎町の実情

愛媛県の南部にある架空の町「南予町」。JRの駅はなく、高速道路も通っていない。「三方を山に囲まれ、一方は海に面している。主な産業は、農業に林業に漁業…そして、公務員業。日本全国、どこでも見られるような小さな町だ」。若年層の流出は恒常化している。人口減少で存続できなくなり、「消滅の可能性が高い」。今回は、そんな田舎町を舞台に、町が抱える諸課題、過疎化の理由、町おこしへの模索、役場の職員たちの仕事ぶりなどを描いた川崎草志の二作品を紹介します。

「町役場を扱った作品」の第一弾は、川崎草志『崖っぷち町役場』(祥伝社文庫、2016年)。愛媛県南予町の「推進室」に異動した沢井結衣の目線から、崖っぷちの田舎町が直面する数々の問題、それらを解決するために奮闘する町長や町役場の職員たちの行動や心の動き、外部からの人の移住と定着を促すことのむずかしさなどが描かれています。

 

[おもしろさ] 町おこしの基本は「教育と医療と仕事」

「まじめに町の再興を図り、こつこつと無駄を削り、地道に産業を育てて、南予町の状況を改善しよう」と努力した前町長。それと対照的なのが新町長の本倉。東京の有名大学を出て企業に勤務。40半ばでそこを辞め、町おこしを掲げて町長選に当選しました。「次々と派手な産業振興策を提案」するのですが、いずれも「ピント外れ」の感がありありです。最初の提案は、「ゆるキャラで町おこし」。しかし、「町長自らデザインしたゆるキャラってキャッチで売ろう」という試みは、不発に終わってしまいました。いまや、職員たちの間では、「ボンクラ町長」とささやかれ、適当にあしらわれています。「教育と医療と仕事が基本」と言われる町おこし。本書の特色は、町長や役所の職員たちによる「町おこし」のためのアイデアの数々→実施策→顛末について描かれている点にあります。

 

[あらすじ] 「これで、一生、食いっぱぐれないよね」

愛媛県松山市の高校を卒業してから親元を離れ、祖母が住む南予町の町役場に就職し、2年目に突入した沢井結衣。役場に入ることが決まったとき、高校の友人は、「これで、一生、食いっぱぐれないよね」と、祝ってくれました。しかし、「大丈夫かな」って、将来に対する不安感は消えません。新年度から正式に異動することとなっている推進室は1年前に新設されたばかり。特に決められた業務はなく、「窓際部署」と噂されています。初めて推進室に赴くと、あと数年で定年を迎える北耕太郎室長と、同僚の一ツ木幸士(「変人」だが、頭が切れ、行動力もある)が将棋の真っ最中。「これで、僕の437連勝ですね」と北室長。そこにやってきた、鎌倉に住む日本画家の宮内と名乗る人物が言います。「この町にあった家を探してほしい」と。事情を聞いた一ツ木は、「一週間後、今月末まで待っていただけますか」と答えます。その直後、本倉町長から、観光で一発当てたいので、「誰にも知られていない古道をさがせ」という命令が。そうした依頼と命令に対し、推進室の面々は、どのような対応策を見出すのでしょうか?