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『路(ルウ)』 - 新幹線が初めて海を渡った! 

「鉄道業を扱った作品」の第三弾は、吉田修一『路(ルウ)』(文春文庫、2015年)。日本を代表する総合技術で、高速鉄道技術の世界語にもなった「新幹線」が初めて海を渡ったのは台湾です。台湾への「新幹線の輸出」を素材にした本書では、台北と高雄間を結ぶ台湾高速鉄路開通までの8年間(2000~07年)を対象に、台湾の人々と日本人との考え方・取り組み方の違い、日台間の時空を超えた心の交流、台湾の食文化、日本人の台湾観、そして多田春香と台湾人の劉人豪(リョウ・レンハオ。英語名エリック)との純愛が描かれています。2020年5月に放映されたNHK土曜ドラマ『路~台湾エキスプレス~』の原作です。主演は波留さん。出演は炎亞綸(アーロン)さん、井浦新さん。

 

[おもしろさ] 「バッド・ミックス」か「グッド・ミックス」か? 

2000年12月に正式調印された台湾高速鉄道。新幹線が海外で走ることになる最初の事例とはいえ、レールの敷設工事やシステムについては、フランス・ドイツの連合チームが開発するという形を採っていました。台湾サイドとしては、日本の長所と仏独の長所を組み合わせた「グッド・ミックス」を望んでいたわけです。ところが、日本方式と欧州方式の高速鉄道には根本的な違いも多く、技術者同士の意見の相違や意地のぶつかり合いは想像以上に厳しいものでした。「バッド・ミックス」を生んでしまう危険性に満ちていたのです。仏独チームが立ててきた、台湾高速鉄道の日本側窓口である台湾人の黄忠賢が日本サイドのメインの交渉役となっていた安西誠に課する質問・要望や不備の追及は、「ほとんど言いがかりとしか思えないような」ものが含まれていたのです。締め切りと死闘を繰り返す安西! スケジュールとは「予定通りに進むもの」という大方の日本人の思いとは異なって、台湾では、予定通り進まないのがむしろ当然といった考え方が彼を大いに苦しめていたのです…。そうした軋轢を越え、台湾高速鉄道がいかに工事を完成させ、開通にこぎつけていくのでしょうか? 本書のおもしろさは、その点をクリアに浮き彫りにした点にあります。

 

[あらすじ] たった半日の小さな出会いが運命を変える! 

台湾への新幹線の輸出に介在する総合商社の大井物産「台湾新幹線事業部」に勤務し、日本サイドの「プロジェクトチーム」の一員として台湾に出向することになる多田春香。池上繁之という恋人と付き合っているのですが、1994年に台北の街で偶然に巡り合った劉人豪にかすかな思いを感じ続けていました。たった半日のごく小さな出会い。なぜか忘れられないのです。他方、エリックの方も、春香を探し求めていました。そんな彼らをめぐる心の変化が描かれていきます。のちに妻の曜子を失い、一人暮らしをすることとなった葉山勝一郎。台湾で生まれ終戦まで台湾で過ごした、いわゆる「湾生」でした。旧制台北高校の同級生であった、台湾人の呂燿宗(日本名は中野赳夫)に対する「ある失言」が未だに心の中で大きなわだかまりとして居座っていました。ほかにも、春香の先輩社員に当たる安西誠と、クラブで働いている日本名ユキとの交際、後に高速鉄道の車両工場で整備の仕事に就くことになる陳威志と、幼馴染でシングルマザーの張美青との恋の行方などにも触れられています。

 

路 (文春文庫)

路 (文春文庫)