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『小説「安楽死特区」』 - 特区を創って、安楽死を認めよう

安楽死を扱った作品」の第三弾は、長尾和宏『小説「安楽死特区」』(ブックマン社、2019年)。もし安楽死を認める「特区」を創ろうとすると、どのように準備が進められ、またどういった展開があり得るのか? それをフィクション化したのが本書です。

 

[おもしろさ] 国の財政に寄与し、安楽死を望む人の要望に応える

2024年、国は安楽死法案を通そうと目論んでいました。このまま行けば、社会保障費の増大で国家財政が破たんしかねない。とはいえ、国民皆保険は維持したい。そうなると、長生きをしたくない人には早く死んでもらった方がいい。そのように考えたからです。しかも、この数年、「人生の終末期において安楽死を望む人が7割近くまで上がってきている」にもかかわらず、わが国の法律では安楽死は未だ犯罪です。自殺ほう助に当たります。そこで、本格的に法制化を議論する前に、いま現在、病気に苦しみ、もうこれ以上生きていたくないと考えている人を若干名募集し、実験的に都内に「安楽死特区」に住んでもらおうと考えたのです。が、果たして、そのプランは実現し、うまく機能するのでしょうか? 

 

[あらすじ] 特区に関与するキーパーソンが出揃うことに

舞台となるのは2024年。東京都と国は、東銀座から築地にかけての地域にあるホテルと空き部屋が続出しているタワーマンションのいくつかを買取り、安楽死のできる街を創ろうとします。そして、それに関与するキーパーソンが登場します。一人目は、特区に入居する患者です。かつて性愛小説の女神とまで持てはやされた言われたものの、いまでは落ち目の女流作家・澤井真子。70歳を目の前にして、「中等度のアルツハイマー認知症」と診断された彼女に、老舗月刊誌『永遠』の副編集長である高城からある提案がなされます。それは、今度できる安楽死特区の住人になり、体験談を連載するとともに、真子の「死にたい」という希望を叶えるというものでした。二人目は、特区の主治医です。難波大学の心臓外科のエースである尾形紘は、安楽死の要件を見極めて、安楽死の手伝い、つまり薬物を用いた自殺ほう助をしてほしいと依頼されます。三人目・四人目は、旅行写真家の岡藤歩と恋人の酒匂章太郎です。多発性硬化症という病気になった章太郎は、闘病記を記したブログ「安楽死の法制化を望む多発性硬化症患者の日常」が多くの読者に支持されていました。そして、文字の入力や写真の撮影を手伝っていたのが、歩だったのです。そんな二人に対して、前東京都知事で、現副知事の池端貴子が、章太郎には特区の様子をブログで発信すること、パートナーの歩にはカメラマンとし特区の写真を撮影しレポートすることを要請したのです。ちなみに、池端貴子は、「安楽死第1号」になる予定の人物です。