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『殺し屋のマーケティング』 - 「受注数世界一の殺しの会社」! 

「殺し屋」という闇稼業を描いた小説。非常にたくさん書かれています。しかし、それを「ビジネス」もしくは「仕事」と見立てた作品となると、非常に限られてくるように思われます。殺人は違法です。それゆえ、大々的に宣伝することはできません。もちろん営業活動もご法度。「販売価格」も相当に高いものとなってしまいます。最も「売りづらいビジネス」なのです。しかも、告発や密告をされたり、逮捕されたり、またまた殺されたりといった、さまざまなリスクを伴います。では、小説の世界では、そうした難問がどのようにクリアされているのでしょうか? 「殺し屋」というビジネス・仕事を扱った作品を二つ紹介しながら、そのあたりの事情を考えてみたいと思います。

「殺し屋を扱った作品」の第一弾は、三浦崇典『殺し屋のマーケティング』(ポプラ社、2017年)。「世界一の殺しの会社」を創ろうとする女子学生の桐生七海。でも、営業ができない。広告も打てない。ましてやマスメディアに対するPRなんてもってのほか。そうした壁を乗り越え、彼女はどのようにして「殺しの会社」を創りだし、活動を展開させるのでしょうか? 

 

[おもしろさ] 「人を救うために」殺しの会社を創る! 

「殺し屋の業界」では、「営業」「広告」「PR」というマーケティングで最も使える三つの武器がいっさい使えません。しかも、リスクだらけのビジネスに違いありません。本書のおもしろさは、マーケティングの考え方を踏まえ、「殺し屋」というビジネスをスタートさせ、展開させていく過程の描写にあります。また、「人を救うため」に殺しの会社を創るという七海の説明の背景にある、想像を超える事情についても、興味深いものが! 

 

[あらすじ] 殺しの会社が発足するまでの経緯

大学2年生の桐生七海。長い時間をかけて、探し求めた人物は、天王星書店の店主で、謎に満ちた人物・西城潤。彼に初めて会った七海は、いきなり言い放ちます。「受注数世界一の殺しの会社を創りたい」と。「君が言うことは、完璧なまでに不可能なんだよ! 不・可・能だ!」と答えた西城に対し、「だから、あなたに会いに来たんです。不可能なことだから、あなたの力が必要なんです。もし、その不可能を可能にすることができたら……」と七海。「最強のマーケティング技巧を手に入れることになる、か」という西城の言葉にうなずきます。しかし、七海が起業したのは、「レイニー・アンブレラ」という会社。世界的なアーティストのコンサートや著名人の公演など、イベントの運営を包括的に請け負う同社は、急激に事業規模を拡大させます。将来的には殺しの会社につなげていくことを想定していたのです。ところが、請け負った著名なチェロ奏者・山村詩織のリサイタルにおいて、一瞬の空隙を衝かれた結果、狙撃手によって、彼女は殺されてしまいます。七海は窮地に追い込まれます。しかし、彼女に対し、「ここからが本番」だと、西城は告げたのです。そして、レイニー・アンブレラの清算と、山村詩織を狙撃した超一流のスナイパー・日向涼を仲間として迎え入れることを進言。こうして、世界一の殺しの会社が発足するのですが、そのからくりは実に巧妙なものだったのです。