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『本のエンドロール』 - 本づくりを陰で支える印刷会社の裏方たち

街を歩くと、目に飛び込んでくる、色とりどりの多様なポスター。毎日、世の中の動きを克明に伝えてくれる新聞。そこに挟みこまれた生活情報満載のチラシ。日常生活に潤いを与えてくれる本や雑誌……。それらを支えているのは、印刷に関わるさまざまな技術であり、それを生業にしている人たちの力です。「通常、色は、プロセスインキと呼ばれるC(シアン)、M(マゼンダ)、Y(イエロー)、K(ブラック)の四色を刷り重ねて表現」されます。印刷所で働く人たちは、「色の魔術師」と言えるのかもしれませんね。今回は、印刷所を素材にした作品を二つ紹介します。

「印刷所を扱った作品」の第一弾は、安藤祐介『本のエンドロール』(講談社、2018年)です。一冊の本が世の中に出現するためには、著者や編集者・出版社のみならず、原稿を印刷したり、製本したりする人たちの関与が必要不可欠となります。それゆえ、本の最後のページには、本のタイトル・著者名・発行者・発行所・年月日・印刷所・製本所などについても記載される「奥付」があります。普通は、本の制作に関わったスタッフの氏名まで記されることはありませんが、本書では、印刷会社や製本会社のスタッフ全員の氏名が明記されています。そこに象徴的に示されていることからわかるように、本づくりのいわば「縁の下の力持ち」とも言うべき印刷会社のスタッフに焦点を当て、「いい本」を出したいという彼らの心意気や苦労を赤裸々に描いているのが、この本です。斜陽化の流れをなんとか食い止めようとする彼らの必死の努力には、心を動かされるのではないでしょうか! ちなみに、エンドロールとは、映画やテレビなどの映像作品の最後に、出演者・制作者・協力者などの氏名を示す字幕を意味しています。

 

[おもしろさ] 理不尽な要望にも対処する印刷所魂

作家・出版社・印刷所・製本所は、本作りのためのパートナーであることに違いないはずです。ところが、実際には、著者と出版社と印刷所の間には、ある種のヒエラルキーが存在しているようです。例えば、この本に登場する老舗出版社・慶談社の編集者の、関連会社として創設された印刷会社・豊澄印刷の営業部員に対する姿勢には、「上から目線」があからさまに漂っています。「より早く刷れ」「より美しく刷れ」「より安く刷れ」「電子も刷れ」といった言葉に集約される、作家や出版社の印刷所に対するさまざまな要望・要求は、ときとして理不尽な域に達することも稀ではありません。本書の魅力は、そうした作家や編集者の酷とも言える無理難題の数々を受け止め、なんとか対処できるような態勢を作り上げ、要望に応えていく印刷会社の営業マンの気苦労や志を浮き彫りにしている点にあります。一冊の本から垣間見ることができる世界に目を見張ることでしょう! 

 

[あらすじ] 「印刷会社は、メーカーなんです」

豊澄印刷営業第二部に属している浦本学32歳(中途入社で、社歴3年目)は、会社説明会で「本を刷るのではなく、本を造るのが私たちの仕事です。印刷会社は、豊澄印刷は、メーカーなんです」と明言。ところが、同じ営業第二部のトップセールス・仲井戸光二(いろいろなところに目配りが利き、調整能力も高い)や、ふじみ野工場の印刷製造部係長・野末正義などからは、あまり良い印象を持たれていません。それは、浦本が出版社からのときには理不尽とも言えるような要求・要望を安請け合いしてしまい、現場に無理を押し付けてしまうことが多いからです。そのため、出版社の「伝書鳩」と揶揄されていたのです。しかし同時に、浦本の「言葉に裏表のない人間」としての評価、「良い本を造りたいという思い」、「一徹な営業マンとしての行動」、「苦境の中でも、印刷会社にできることはなにか」を探そうという意欲が、印刷会社のスタッフたちの間に「職人魂」を呼び起こし、良い本を造ろうという頑張りを生み出していくこともまた事実だったのです!