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『活版印刷三日月堂』 - 古い印刷所を蘇らせる活路! 

「印刷所を扱った作品」の第二弾は、ほしお さなえ『活版印刷日月堂 星たちの栞』(ポプラ文庫、2016年)です。川越の町にある古い印刷所・三日月堂が舞台。「扉を開けると向かい側にすぐ活字の棚。壁は四方すべて活字のはいった棚で覆われている。鴨居の上、天井ぎりぎりまですべて棚で、ぎっしり活字が詰まっている。そして、大きな歯車のついた、自家用車くらいの大きさの印刷機……」。店主の月野弓子さんは、「お客さんの作りたい形を一緒に探してくれる人」なのです。彼女によって、活版印刷の魅力が少しずつ引き出されていきます。「活版印刷日月堂」シリーズ全6冊の第一作。

 

[おもしろさ] 活版印刷の特性を生かしたオリジナルな商品開発

いまは、コンピューターに入力すれば、そのまま文字が出てきます。しかし、それ以前は「活字」という小さな一文字の「ハンコ」みたいなものを選び出し、並べて、型に入れ、インクをつけて刷っていたのです。デジタル化の影響を受け、活版の印刷所は時代遅れになり、多くが廃業の憂き目に遭います。それでも、「活版印刷に独特の風合いがたまらない」、「今の印刷にはない手触り感がある」ということで、一部にファンがいるのです。本書の魅力は、印刷を依頼する人たちの心の悩みごとを解きほぐしつつ、活版印刷の特性を生かしたオリジナルな商品開発を行っていくプロセスを楽しめる点にあります。

 

[あらすじ] 「お客様と一緒に……」

日月堂は、鴉山稲荷神社のはす向かいにある白い建物。昭和初期から続く古い印刷所で、街の人の名刺や年賀状を作っていました。5年前に閉店したあと、店主の夫婦が亡くなり、その後は、ずっと空き家に。ところが、28歳になる孫の月野弓子さんがその店を継ぐことになったのです。三日月堂は、古くからの手法である活版印刷を行っていました。彼女も、大学時代には三日月堂に来て、バイトで印刷所の仕事を手伝っていました。川越観光案内所で働いている柚原さんと大西くん(文具オタク)、同じ建物に同居している川越運送店に勤務する市倉ハルさん(街の情報通で、相談役)らの協力もあり、弓子さんは、自らの技能を徐々に広げながら、新しい領域の仕事に取り組んでいきます。「お客さまと一緒に考えて、乗り越えていけばいい」と自らに言い聞かせながら……。