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『朝日堂オーダーメイド製本工房』 - 依頼人の思いがこもった本を丁寧に

「紙の本に関わる工房を扱った作品」の第二弾は、相原罫『朝日堂オーダーメイド製本工房』(メディアワークス文庫、2021年)です。製本会社「朝日堂」の屋上にひっそりと建つ小さな工房。野島志乃は、そこで「自分だけの一冊を作ってほしい」という依頼を受け、依頼人の思いがこもった本を丁寧に作っています。一緒に働くようになった田中哉太も、見習いの職人として成長していきます。製本のイロハが解説されています。

 

[おもしろさ] 「自分だけの一冊」を作りたい! 

本書の魅力は、なんといっても、製本の基本的な知識、実際に製本する際の段取り、オーダーメイド製にこだわる職人たちの心意気などが丁寧に示されている点にあります。なお、「昔のヨーロッパでは、本は簡易的に製本されただけの状態で売られていてね。買った人が職人に依頼して、自分好みの想定に仕立て直すっている文化があった」のです。日本では、ほとんど考えられないやり方なのですが、「自分だけの一冊」を作りたいという人については、案外いるようですね。

 

[あらすじ] 「製本の仕事にこだわり続けた」祖父の思い

浪人中の田中哉太。祖父・田中創一郎が死去します。葬儀の日、創一郎の職場・朝日堂で働き、彼から製本の手ほどきを受けた弟子の野島志乃から、創一郎の遺品に「作りかけの日記帳」があることを告げられます。母と祖父の仲が悪かったため、哉太は創一郎とはずっと疎遠になっていたのですが、彼から毎年贈られていた日記帳を「毎日欠かさずにつけてい」ました。哉太が志乃に、日記帳を完成させてほしいと頼みます。「完成させて哉太にわたしてやってくれ」というのが創一郎の願いでもあったので、志乃は引き受けることに。改めて、13冊にも及ぶ過去のページをさかのぼって見た哉太。「一枚一枚の紙が積み重なり、一冊の本になる。一日一日が積み重なり、一年になる。そうして、一冊ずつ、一年ずつ、積み上がっていく。地層。年輪」のように。そして、「製本の仕事にこだわり続けた」祖父の思いに触れることができたように思えたのです。日記帳が完成したという連絡を受け、朝日堂を訪れた哉太。スタッフたちが急な仕事で忙しくしていたので、仕事を手伝います。完成した日記を受け取るとき、志乃から、「あなた以外にも、もうひとり日記帳をあげようとしていた」人がいるので、探してほしいと頼まれます。また、朝日堂の社長から、進路が決まっていないのであれば、「うちにおいでよ! 人手不足で困っているんだ!」と言われることに。果たして、もうひとりの誰かとは? そんな話が出てくる第一話のほかにも、メーテルリンクの『青い鳥』、宮沢賢治の『セロ弾きのゴーシュ』にまつわる二つの話が収録されています。