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『クローバー・レイン』 - 文芸編集者は小説のためには「何でもする人」

「編集者を扱った作品」の第二弾は、前回と同じで、文芸編集者を素材にした大崎梢『クローバー・レイン』(ポプラ社、2012年)。作家とのさまざまなやり取り、ライバル社の編集者との交流・競争などを通し、文芸編集者・工藤彰彦の仕事の全体像が多角的に浮き彫りにされています。出版社の実態、人気のある小説家とそうではない小説家とは、扱い方に大きな違いがあるという実情、本や本屋が持っている「力・魅力」などにも言及。

 

[おもしろさ] 甘さが抜けきれていない編集者の苦闘

本書の魅力は、①売れ行きが見込めない作品であっても、まだ「甘さ」が抜けていない彰彦がこれだと思った原稿『シロツメクサの頃』を、あの手この手のやり方でなんとか出版にまでこぎつけていくという苦難に満ちた過程、②それを通して編集者としての力が鍛え上げられていく過程、さらに言えば、③「編集者工藤彰彦そのもの」が評価されていく過程を見事に描き出している点にあります。

 

[あらすじ] 「どうせ、君のところでは無理だから」

老舗の大手出版社「千石社」は、自他ともに認める殿様商売でやってきた、「敷居の高い会社」。7年前に入社した工藤彰彦29歳。書籍の文芸部門に異動して三年目となる編集者です。5年前に「千石小説大賞」を受賞した倉田竜太郎は、作家として恵まれたスタートを切ったものの、デビュー作はヒットせず、その後も目立った反響がないまま、いわば「過去の人」として埋没している状態です。原稿を預かったのですが、それは、「きらりと光るものが見出せず、出版レベルまで引き上げる自信が持てない」もの。「残念ですが、うちでは……」引き受けられないと、申し渡すことに。他方、あるパーティ会場でめぐり合わせたのが、デビューして二十数年のベテラン作家である家永嘉人。活躍のピークは十数年前のことで、その後の評価は芳しいものではありません。タクシーで送っていった彼の自宅で発見したのは、『シロツメクサの頃』というタイトルの原稿。読んでみると、そのすばらしさに驚かされます。「この原稿、一緒に本にしましょう。きっと素晴らしい代表作になりますよ」と彰彦。ところが、家永の返事は、消極的なものでした。「君に預けるので私はかまわないんだよ……。預けっぱなしだけは勘弁してほしい……。出せないなら出せないと、なるべく早くに連絡をくれるか」。「どうせ、君のところでは無理だから」といった具合です。実際のところ、会社で編集長に、家永の原稿の話を切り出すと、「時間ができたら読んでみるよ。のんびり待っててくれ」という返答でしかありませんでした。キープしておけという言葉を聞き、絶望感に苛まれた彰彦。編集者としての力量が試されることになった彰彦。いろいろなやり方を駆使したアクションが始まります。