毎日、大量の本を世に送り出している出版業界。全国出版協会・出版科学研究所によると、2019年における推定販売金額は1兆5432億円でした。そのうち、紙の出版物(書籍・雑誌の合計)は、前年比4.3%減の1兆2360億円で、15年連続のマイナスとなりました(内訳は、書籍が3.8%減の6723億円、雑誌が4.9%減の5637億円)。他方、電子は、23.9%増の3072億円となり、出版市場に占める電子出版の占有率は約2割に達しています(内訳は、電子コミックが29.5%増の2593億円、電子書籍が8.7%増の349億円、電子雑誌が16.7%減130億円)です。そうした数値から見えてくるのは、電子コミックの順調な伸長、電子書籍の緩やかな増加、紙の本の減退といった傾向です。とりわけ、文芸に関しては、非常に厳しい事態が続いています。では、「本が売れない時代」に四苦八苦している出版業界は、そうした現状をどのように見ているのでしょうか? また、「売れる商品」の開発をめぐって、どのような取り組みが行われているのでしょうか? 「出版社」に関しては、2020年2月18日から27日にかけて、この「イチケンブログ」で四つの作品を紹介し、そうしたふたつの課題について考えたことがあります。今回は、出版社のさまざまな業務のうち、編集部員・編集者を扱った四つの作品に焦点を当てて、その課題をさらに追究してみたいと思います。というのは、彼らの仕事のなかに、本・雑誌づくりの原点であるとともに最前線とも言うべき大切な要素が凝縮されているからです。
「編集者を扱った作品」の第一弾は、平岡陽明『イシマル書房編集部』(角川春樹事務所、ハルキ文庫、2017年)。神田・神保町にあるイシマル書房は、いわゆる実用書やエッセイが主力の零細出版社。紙の出版にこだわりを持っている社長の石丸周二33歳は、ともかく「生き延びる」というスローガンを掲げています。生き延びていれば、その先を見ることができるかもしれないという思いからです。社員が一丸となって「売れる小説」の出版をめざすプロセスが描かれています。
[おもしろさ] 「一緒に産みの苦しみを味わいながら」
破たんの危機に直面したイシマル書房の起死回生のプロジェクトは、どのように進められていったのか? 本書の魅力は、中核となる社長・編集部・作家が「一緒に産みの苦しみを味わいながら」すべてを周到に準備していくという見事なプロセスにあります。作家が小説の神髄に気づいたときに述べたセリフを紹介しておきましょう。「キャラクターの一人が動き出すことが肝心なんだ。すべてはそこから始まる……。そして一人が動き出せば、すべてが動き出す。ほかの人間もストーリーも、全部が躍りだすんだ」。
[あらすじ] 「1年以内に7000万円をつくる」
祖父が活字工、父は印刷屋という家庭環境のもとで育ち、「本に携わる仕事」、具体的には編集者になりたいという気持ちを持っていた満島絢子。「大人になってからの心の一冊と出会えていない人のために本を作りたい」という、イシマル書房の石丸社長の言葉に感銘し、半年間のインターンとして働き始めます。彼女の「特殊な持ち味」は、一日平均2.7冊という猛烈な速さで本が読める能力と素早い校正能力。しかし、同社は、1年以内に7000万円を用意して、親会社であるCT社が保有するイシマル書房の株式を買い戻さないと、パチンコメーカーに株が売却されるという危機的な状況下に置かれていたのです。そこで、石丸は、CEE(チーフ・エグゼクティブ・エディター)を募集し、「1年以内に7000万円をつくる」という目標を掲げてアクションを起こします。