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『会社を綴る人』 - 社史の「完成」に賭けたダメ男の挑戦

「社史を扱った作品」の第二弾は、朱野帰子『会社を綴る人』(双葉文庫、2022年)。錦上製粉の社史を読み、同社に入社した菅屋大和(作品の中では、最上製粉の紙屋として登場)。失敗ばかりのダメ男ではあったのですが、彼の唯一の「取り柄」である「文章を綴る力」によって、旧態依然の会社に少しずつ変化を生み出します。そして、個人の仕事として、刊行された社史『最上製粉 感謝のあゆみ六十五年』以降の2年間を盛り込んだ社史の最新版の「完成」に挑みます! 

 

[おもしろさ] 会社の未来は真実の上に立脚していなければ

旧態依然の考え方が横行する最上製粉。過去のことなど知ろうとせず、都合の悪い事には蓋をしようとする役員たち……。それに対して、紙屋の社史に関する考えは明白です。「社史が語るのは栄光に満ちた過去だけではない。最上製粉の67年間の歩みのその先にある未来を、読む人に語り掛けることができなければ意味がない。そして、その未来は真実の上に立脚していなければならない」。ここでは、紙屋が考える社史が「完成」するまでのプロセスが明らかにされていきます。

 

[あらすじ] 「どんなつまんない取り柄でも一つあれば」

派遣社員を10年間続け、32歳になった今年の春、小さな製粉会社「最上製粉」に入社した紙屋。『最上製粉 感謝のあゆみ六十五年』をいうタイトルの社史を読んで、入社試験に臨んだことが功を奏したのかもしれません。しかし、配属された総務部では、とても簡単なことでも、ミスを重ねていました。周囲の評価は、「何をやらせてもダメ」の「役立たず」という、極めてネガティブなものばかり。ただ、「文章を綴ることだけは、なんとかできるかもしれない」という感触を得るようになっていきます。背中を押してくれたのは、「どんなつまんない取り柄でも一つあれば、会社でやっていけるもんだ」という、敬愛する兄の言葉。きっかけは、「予防接種の案内」を社員に知らせてほしいという上司からの依頼を受け、決まりきった文面のメールを発送したこと。まったく反応がなかったので、今度は、「心のこもった文章」で再びメールを送ると、何人かの人から反応があったのです。こうして、「文章を書くこと」で、少しずつ自分の居場所を見出していきます。やがて、関東製粉の子会社になったことで、もはや最上製粉の社史が編纂されることはないと考えた紙屋は、『最上製粉 感謝のあゆみ六十五年』以後、会社の2年間(三代目社長の就任から資本業務提携に至る過程)の歴史を書かなければならないと思い始めます。そして、その2年間に「どんなことがあったのか、社員の皆さんがどんな気持ちで過ごしたのか」についても書き込むという形で社史を完成させるというミッションは、紙屋という、一人の個人によって達成されていくことになります。