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『星間商事株式会社社史編纂室』 - 社史で会社の暗部をどう扱う? 

会社・組織・団体のHPを見ると、内容の差はあれ、どのような歴史を歩んできたのかという情報がまとめられています。そうした「沿革」というものを、従業員・顧客・株主・就職希望者など、多くの人たちが閲覧します。ただ、記載されているのは、簡単な事実・重要事項のみ。背景にある事柄・時代環境、関係者の思いといった事柄にまで踏み込むことはありません。そこで、多くの会社において、周年事業の一環として、「社史」の編纂が企てられます。目的は、「会社の過去を正確に記録しておく」「過去を未来に活かす」「組織の一体感を高める」「会社のPRにつなげる」こと。では、端的に言って「触れられたくない過去」はどのように扱われるのでしょうか? 美辞麗句ばかりの通り一片の記述だけでは、会社の深部は描き切れません。そうは言っても、会社の恥部に触れることには、それなりに抵抗感が。社史の編纂に挑む者たちは、そうした課題とどのように向き合うのか? 今回は、その問題をひとつの軸にして、社史を素材にした作品を二つ紹介します。

「社史を扱った作品」の第一弾は、三浦しをん『星間商事株式会社社史編纂室』(筑摩書房、2009年)。1946年に創設された中規模商社「星間商事」。同社の社史編纂室に配属された川田幸代29歳の目線で、社史『星間商事株式会社六十年のあゆみ』の編纂に携わる者たちの仕事と悩みが描かれています。また、社史の編纂業務を通して、社の秘められた過去が明らかにされていきます。

 

[おもしろさ] 星間商事の社史編纂には、二つの難題が

星間商事の社史編纂には、二つの難題があります。ひとつは、社内でさほど期待されていないという状況。社長でさえ、「どーでもいい」と思っている始末。とはいえ、編纂は会社の決定事項。そのための部署があり、スタッフも配置されています。未完成のままで済ませるわけにもいかないのです。もうひとつは、なんでもイケイケドンドンでやってきた高度経済成長期には、「明るみに出ちゃまずいことも」行ったわけですが、それを社史にどのように反映させるのかという問題です。本書では、そうした二つの難題について、ストーリー展開のなかでいかに道筋をつけていくのかという点が浮き彫りにされています。

 

[あらすじ] 「社史編纂室でも、同人誌を作ろう!」

2006年、星間商事の企画部から社史編纂室(社編)に「飛ばされてきた」川田幸代。編纂室の開設は、2003年のこと。2006年が60周年に当たり、『星間商事株式会社六十年のあゆみ』を作ろうということになったためです。ところが、2007年現在、社史は依然として未完成。社編の実質的な責任である本間課長が不熱心で、「怠惰な毎日を過ごしていた」からです。編纂作業は遅々としてはかどっていなかったのです。そこで、同じ時期に、幸代、矢田信平、みっこちゃんの三人が社編に配属されました。が、「ゆるゆるの職場」であることには、変わりがありません。そのおかげで、幸代は、「彼女の裏の顔」である同人誌の作成に多くの時間を費やすことができていたのです。ある日のこと、幸代が同人誌に掲載する小説を書いていることを知った本間課長は、「社史編纂室でも、同人誌を作ろう!」と言い出します。「なんで!」と叫ぶ、社編のメンバーたち。「狂気だかのんきな夢想だか」のようにしか思えない突然の提案。が、そこには、遅れていた社史の編纂業務をなんとか推進させようとする本間課長の「隠された思惑」があったのです!