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『教場』 - 冷酷冷徹な白髪教官・風間公親

2023年6月14日、事件が起こりました。入隊間もない18歳の自衛官候補生(守山駐屯地所属)が自動小銃を発砲し、指導役として教育に当たっていた陸上自衛隊員の上官3名を死傷させたのです。候補生が自衛官に任官されるまで3カ月。さらに1年9カ月の任期を終えると、任期を継続するのか、退職するのかを選択できるようになります。国防という厳しい任務に携わるがゆえに、候補生に対する指導が非常に厳格であることはよく知られています。全寮制の警察学校もまた、同じ様に指導の厳しさで定評があります。そこには、警察官に採用された者が4月、もしくは10月に入校します。一人前になるための知識・技能を習得するためです。期間は、大卒の場合は6カ月、それ以外の場合は10カ月。警察学校の実態を一般の人たちが広く知る契機となったのは、2020年1月4日―5日にフジテレビ系で放映されたドラマ『教場』(主演は木村拓哉さん)ではないでしょうか。「教場」とは、警察学校のクラスのこと。担当する教官の苗字をとり、「○○教場」と呼ばれるのです。今回は、長らく秘密のヴェールに包まれていた警察学校の「光と影」を大胆に描き出した二つの作品を紹介します。いずれもミステリー。ただ、警察官という仕事の本質に肉薄できるコンテンツになっているので、お仕事小説として考えることもできるのです。

「警察学校を扱った作品」の第一弾は、長岡弘樹『教場』(小学館文庫、2015年)。冷酷冷徹な白髪の教官・風間公親の指導の下、学生たちが徹底的に鍛え上げられていく様子が克明に描かれています。風間の「教官としての使命感」、警察官として不可欠な訓練(職務質問、取り調べ、水難・災害救助、速度違反者の検挙、犯罪捜査、派出所勤務、射撃)の数々、学生たちの希望・苦悩・恐れなどが見事に表現されている連作短編集。上述したテレビドラマ『教場』の原作本。初刊本は、2013年6月に小学館から刊行。本書のほか、『教場Ⅱ』、『教場0 刑事指導官・風間公親』『風間教場』『教場X 刑事指導官・風間公親』『新・教場』といった続編が刊行され、シリーズ化されています。

 

[おもしろさ] 教官としての使命感とやさしさ

警察学校の使命としてふたつの要素が浮かび上がってきます。ひとつは、「己を鍛錬する場であり、警察官としての自覚を確立する場」であること。もうひとつは、「警察官としての資質に欠ける学生を、早い段階ではじき出すための篩(ふるい)」の場であること。ここでは「必要な人材を育てる前に、不必要な人材を篩い落とす場」になっているという後者の考え方が重きをなしているように思われがちです。しかし、読み込んでいけば、「必要な人材を育てる」という視点もまた、極めて重要な軸になっていることに気づかれるのではないでしょうか。「ここはな、たしかに篩だ。だがその逆でもある。残すべき人材だと教官が判断すれば、マンツーマンで指導しても残してやる。そういう場所だ」。確かに、警察官という大きな危険を伴う職業であるがゆえに、学生たちへの接し方も厳しくならざるを得ない。その点は、よく理解できるのですが、多くの読者は、「ここまでやるのか」と、何度も思ってしまうことでしょう…。反面、本書を通し、読者は、風間という人間の厳しさの奥に秘められている「教官としての使命感」というか、「やさしさ」というか、そういうものを見出せるかもしれません! 

 

[あらすじ] 過酷な訓練と授業 + 厳格な規律 + 理不尽な罰則

5月24日、入学して50日ばかりが経過。警察学校初任科第98期短期課程の学生数は当初の41名からすでに4名減っています。みな成績不良のため、依願退職を迫られたのです。なぜならば、過酷な訓練と授業、厳格な規律、外出不可という環境下のもと、わずかなミスでもしようものなら、冷酷な白髪教官・風間に見抜かれ、退職を余儀なくされるからです。そもそも、「教官の一言」がなによりも優先されるのです。学生になんらかの不備があったり、教官の機嫌が悪かったりすると、クラス全員で「グラウンド25周しろ」というように、連帯責任による理不尽なペナルティが科せられるのです。加えて、生徒間でのいじめも半端ではありません。泣かされたり、嗚咽を漏らしたりするのは日常茶飯事。「精神に異常をきたすものも一期に一人は出てくる」ほどです。こうして、学生たちは、警察官にとっての必要な知識を吸収し、訓練を行う一方、警察組織という「縦の組織を大事にする」人間に仕立て上げられていくわけです。