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『お局美智 経理女子の特命調査』 - 極意の情報を知り尽くして会社を守る

経理を扱った作品」の第三弾は、明日乃『お局美智 経理女子の特命調査』(文春文庫、2020年)。終戦直後に先々代の野村千代作が創業し、先代の作太郎が育て、三代目の勇作が社長を務めている同族会社のNOMURA建設(従業員150名)。そこで経理の仕事をしながら、作太郎会長から命じられた、ある「特命業務」をこなす佐久間美智(通称「みっちゃん」、陰では「お局美智」と呼ばれている)の奮闘記。欲がなく、口が堅いことで信頼されていたが故の特命。果たして、その効果は? 経理という仕事がよくわかるお仕事小説でもあります。

 

[おもしろさ] トラブル続出の会社でも、美智がいる限り……

美智の知るところによれば、NOMURA建設には多くの問題が内在しているようです。例えば、愛人を社員扱いにし、手当を給料で支払っている勇作社長、女癖が悪く、トラブルを引き起こしている山一庄治常務、美智に粉飾決算を実行させようとする松井・経理担当役員、社内の問題を探し出し、それを手柄に銀行へ戻ろうと画策している片桐瑞穂監査役、高所からの転落で負傷した職人に対して労災申請を認めないようにしようとする福島博明専務……。美智はなぜ、そうしたことを知っているのでしょうか? それは、会長から特命を受け、社内の情報を集めるために導入した「盗聴システム」を唯一利用できる立場にいるからです。美智がチェックする音声ファイルには、管理職・外出の多い営業・現場監督などに会社が貸与しているスマホを通して送られてくる、社内のやり取りや社員同士の会話が収録されています。しかし、彼女は、会長にすべてを報告するわけではありません。もっぱら円滑な会社の運営に役立つ情報に限られています。彼女の行動は、問題が表面化しないように、いわば未然に防ぐことに精力を費やし、会社を守ることに徹していたのです。彼女にとっては、「会社が平穏で働きやすい場所であれば良かった」のです。

 

[あらすじ] 愛川経理課長と山一常務の退社の陰で

入社して18年、40歳になった美智。NOMURA建設経理課の柱としての役割を果たしています。と同時に、時間を見つけて、あるところから自動的に送信されてくるクラウド上の音声ファイルを確認する作業もまた、彼女のミッションとなっています。ある日、愛川友也経理課長が、取引先からの代金を持ち逃げし、無断欠席をしたうえ、退職届を提出します。山一常務は、陰で不祥事を起こしているにもかかわらず、愛川は懲戒解雇にするべきだと主張。が、愛川の事情を勘案した美智は、盗聴システムから入手した山一の秘密を暴露することをちらつかせ、愛川を「円滑に」退職させることに成功。他方、山一については、仕事ができるので、もし心を入れ替え、社長を補佐するのであれば、いままで通り、何もなかったことにしようと考えていました。しかし、「女癖の悪さは救いようのない病気」だと確信した美智は、会長にも報告。山一もまた退社を余儀なくされます。愛川に代わり、経理課長になったのは、勇作社長の娘、野村容子でした。有能で仕事はできるのですが、29歳と若いうえに、なにかと野村家の権威を振りかざすので、人望はなく、おまけに経理にはまったくの素人。昔と違って、「経理ソフト」を活用できるいま、基本的な集計や税務申告書の作成は機械がやってくれるとしても、来るべき中間決算は、大変なことになることは目に見えていました……。