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『これは経費で落ちません!』 - 経理から見る社内の人間模様

経理の仕事は、一言で表現すれば、会社のお金を管理すること。経営者が経営判断をするために必要な決算書の作成のほか、現金の出納管理、経費の精算、伝票の記帳・整理、売掛金・買掛金の管理、従業員の給与や社会保険料の計算など、非常に幅広い業務をカヴァーしています。いずれも、詳細で間違いが許されません。精通するためには、さらに簿記・財務・税法などに関するさまざまな知識、コミュニケーション能力や情報収集のスキルなどが求められます。経理課・部の人間に要求されるプレッシャーは半端なものではありません。そのうえ、日常的には、数字との格闘が続く仕事。単調な作業の繰り返しに嫌気をさしてしまう経理担当者もまれではないようです。とはいえ、人事、営業、情報システムといった業務と比べると、より経営の内実が理解できるセクション。その分、やりがいも大きいように思われます。今回は、経理を扱った作品を三つ紹介します。

 

経理を扱った作品」の第一弾は、青木祐子『これは経費で落ちません! 経理部の森若さん』(集英社オレンジ文庫、2016年)。石鹸や化粧品を作っている天天コーポレーション(従業員125名)の経理部に勤める森若沙名子は、入社以来経理一筋の27歳。貸借対照表のように、常に「過不足のない状態」を求めようとする彼女の目線から、経理の仕事をはじめ、降りかかる難題、会社の人間模様と会社の日常が浮き彫りにされています。連作短編集。2019年7月26日~9月27日にNHKで放映された『これは経費で落ちません!』(主演は多部未華子さん、出演は重岡大毅さん)の原作本。その後、続編がシリーズ化(全11巻)されています。

 

[おもしろさ] 領収書から見え隠れする「うさんくささ」

天天コープレーションの経理は、ほぼ電子化されています。ただ、領収書については、社員がそれぞれの端末に入力したのち、プリントアウトした伝票を経理部員に手渡すことになっています。それゆえ、経理部には実にたくさんの領収書や請求書が持ち込まれます。そこに書かれているのは、金額と最低限の事由のみ。しかし、よくよく精査すると、その経費に関わった人たちの「うさんくささ」が見え隠れするケースも多いようです。本書の特色は、森若沙名子が、入社してから少しずつ「ずるくなっていく社員たち」と対峙しつつも、面倒なことにならないよう配慮しながら、「確認」を積み重ねることで、経理に課せられた課題・仕事を粛々とやり遂げていくプロセスにあります。

 

[あらすじ] 何事にも動ぜず、マイペースを貫く森若だが! 

独身で、彼氏がいない森若。彼女は思っています。「私の生活は完璧である。これ以上ないくらい。ひっかかるものはなにもない。足りないものも過剰なものもない。きっちり働いて責任を果たし、働いた分の給料を適正にもらい、自分のために使う。会社にも、他人にも、与えた以上のものは求めず、求められた以上のものは与えない。入ってくるものと出ていくものが同じであること。差し引きゼロ。今はその状態だ。これで満足」と。何事にも動ぜず、マイペースを貫く森若。ところが、ある日のこと、「経理ソフトを閉じる」時間を過ぎているにもかかわらず、営業部のエース・山田太陽(入社4年目の26歳)が持ち込んだ領収書には、「4800円、たこ焼き代」と書かれていたのです。「たこ焼き代だのなんだの、正直に書かれたらだまされたふりもできない」じゃありませんか! かくして、森若のペースが乱されていくことに……。