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『シンドローム』 - 今度のターゲットは超巨大電力会社! 

福島第一原発をモデルにした作品」の第三弾は、真山仁『シンドローム』(上下巻、講談社、2018年)。シンドロームとは、「同時進行」の意味。サムライ・ファンドの鷲津政彦が主人公を演じる「ハゲタカ」シリーズの5作目。東京電力福島第一原発をモデルにした原発事故によって引き起こされたクライシスが進行するなか、超巨大電力会社をターゲットにした巨大買収を行おうとする鷲津の姿が浮き彫りにされています。

 

[おもしろさ] 原発事故によって露呈された国策会社のほころび

「ハゲタカ」シリーズに共通するおもしろさは、なんといっても、鷲津政彦がターゲットにした企業をありとあらゆる手段を駆使して、買収・再生までこぎつけていくというプロセス。さらには、そうした買収工作を阻もうとする勢力とのすさまじいバトルの描写にほかなりません。そして、この本の読みどころは、東京電力をモデルにした巨大電力会社(=首都電力)の買収劇が大変痛ましい原発事故と絡みあって展開されていることにあります。なぜ、原発事故と絡むのか? それは、事故によって、それまで隠れていた首都電力のほころびが一挙に露呈するからです。ではなぜ、電力会社なのか? それは、地域の電力供給を独占し、かかった費用をすべて電力料金に上乗せできたおかげで、「絶対に損をしない」収益構造を持っているからです。ハゲタカにとっては、実においしい企業なのです。しかし、原発事故の混乱のなかで買収を行おうとすると、当然のことながら、国民から厳しい目で見られることになります。そのため、世論を味方につける具体策が必要になります。そこで、絶対安全という安全神話の上に胡坐をかき、危機管理を怠った首都電力を非難するだけではなく、そのような企業を甘やかし、あろうことか国民の血税を国策会社に対して湯水のごとく使う政府までをも糾弾するのです。そのため、買収工作は、国家権力に立ち向かわなければならなくなるわけです。なお、地震直後に米軍第七艦隊の特殊部隊が原発事故収拾のための訓練を始めていること、3月11日の午後10時51分には、「1時間以内に事故を収束する」という提案をアメリカ大使が古谷総理に行っていること、「日本に設置されている原発はすべて、米国の原発メーカーが設計し、製造と施工を日本の企業が受け持っていた…。日本の企業が建設のすべてを担ってはいても、設計と監理、さらには故障や事故が起きた時の原因をまとめたブラックボックスの管理だけは、米国が独占している」こと、「米国では原発の新型を発売する場合、必ず炉心溶解(メルトダウン)の実験を行う」ことなどの指摘は非常に興味がそそられます。

 

[あらすじ] 日本中を敵に回すかもしれない買収劇

2009年、企業買収者として世界的な知名度を得た鷲津政彦のもとには、ひっきりなしに買収依頼が舞い込んでいました。鷲津は、日本電力(Jエナジー)の経営権の奪取を決意。「電力事業はボロ儲けできるから」です。しかし、「財界総理」と称されている首都電力会長・経団連会長の濱尾重臣は、「君の会社は特捜部のターゲットになっている」「義理の弟がアルカイダのメンバーではないかという疑惑が持ち上がっている」と脅迫。鷲津は手を引かざるをえなくさせられてしまいます。「この恨み、必ず晴らしてやる」。1年余りの入念な準備を経て、時価総額4兆円の首都電力本体の買収に着手。ところが、2011年3月11日、巨大地震が東北地方を襲います。と同時に、首都電力磐前第一原子力発電所が危機に陥ります。津波によって、原発内の非常用電源がダウンし、電源喪失が起き、原子炉の冷却が不可能に。総理大臣、首都電力の首脳部、原子力専門家などの危機管理の脆さが一気に露呈。すでに首都電力株の3%を取得済の鷲津は、日本中を敵に回すかもしれない同社の買収工作を続けることを決意します。その展開とは? 

 

シンドローム(上)

シンドローム(上)

  • 作者:真山 仁
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: 単行本
 
シンドローム(下)

シンドローム(下)

  • 作者:真山 仁
  • 発売日: 2018/08/03
  • メディア: 単行本