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『ザ・原発所長』 - 原発と真摯に向かい合った主人公と黒木亮

福島第一原発をモデルにした作品」の第二弾は、黒木亮『ザ・原発所長』(上下巻、朝日新聞出版、2015年)。2010年に福島第一原発の所長に就任した吉田昌郎所長と東日本大震災をモデルにした小説。膨大な文献の読み込みと、70人以上におよぶ関係者への取材をベースに描き出された「黒木ワールド」全開の傑作。よくもこんなに調べ上げ、見事に書ききった。そのように感じさせられることでしょう。かつて「日本に暮らすならば、絶対に読んでおくべき本だ!」と、「帯」に推薦文を寄せた本でもあります。それは、原子力発電によって供給された電気を活用して暮らしている日本に住む人には、この本で描き出されている「負の部分」をも是非とも知っておくべきであるという意味においてなのです。

 

[おもしろさ] 原子力発電の功罪と日本の命運を背負った男

この本が読まれるべき点のひとつは、原子力発電業界=「原子力ムラ」の全体像と諸局面が克明に描写されている点です。戦後における原発の歴史、「安全性かコスト削減=稼働率アップか」というジレンマ、労働者の五重六重の下請け構造の危うさ、女川原発津波対策と比べた場合の福島原発の対策の不十分性(1~15万年に一度の大津波に対して、400~500億円のコストをかけることができるのか?)、地元対策費に象徴される原発のウラの世界、原発が抱える様々な問題点(事故、検査のごまかし、手抜き工事、隠ぺい体質、自治体との癒着、不審死や自殺の多さ、政財官にとっての利権、社長の無知など)が浮き彫りにされています。もうひとつは、原発事故の際にキーパーソンとなり、まさに日本の命運を背負った吉田昌郎所長(作品中には首都電力奥羽第一原発所長の富士祥夫の名前で登場)の生涯を描くことによって、絶体絶命の崖っぷちの中でもリーダーシップを発揮できた彼のブレのない行動の原点を探り出している点です。さらに、彼の存在なくしては、「東日本は死の土地と化す」ことがありえたという事情が伝わってきます。

 

[あらすじ] ゆっくり、じわじわ、そしていきなりの驚愕と絶句

物語は、昭和38年、小学校時代における富士祥夫の生活描写と、のちに奥羽原子力発電所が建設されることになる「見渡す限りの荒漠たる原野」の描写からスタート。その後も、勇気があり、責任感の強い人物として成長していく祥夫の半生と、奥羽原発をめぐる動きや原子力発電の歴史がパラレルに描写されていきます。とりわけ、東京工業大学時代におけるボートとの出会いは、仲間を信頼することの大切さを育むことにつながりました。そして、大学院で原子核工学を専攻したことで、日本最大の電力会社である首都電力への就職という道が切り開かれることになります。ただ、同社で祥夫を待ち受けていたのは、原発をめぐる数々のトラブル・問題でした。やがて、比較的ゆったりとした物語のテンポは、2011年3月11日の大震災によって引き起こされた全電源喪失という未曽有の事態の勃発で、一挙に驚愕と絶句の描写へと急展開していきます。すべての外部電力が復旧したのは、3月22日のことでした。

 

ザ・原発所長 (上) (幻冬舎文庫)

ザ・原発所長 (上) (幻冬舎文庫)

  • 作者:黒木 亮
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫
 
ザ・原発所長 (下) (幻冬舎文庫)

ザ・原発所長 (下) (幻冬舎文庫)

  • 作者:黒木 亮
  • 発売日: 2020/02/06
  • メディア: 文庫