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『買収者』 - 企業法の専門家が構想する企業買収のリアル

「企業の合併・買収を扱った作品」の第三弾は、牛島信『買収者 アクワイアラー』(幻冬舎、2000年)。別の財界人の妻でありながらも、長きにわたって恋焦がれていた女性を奪うため、その男の会社を乗っ取ろうとする実業家の話。著者の牛島信は、ビジネス・ローの専門家・国際弁護士で、多くの企業法律小説を上梓されています。

 

[おもしろさ] 私利私欲のために行われる敵対的買収の可能性

「敵対的に上場企業を公開買い付けで買収した事例はまだ日本にはないから、この小説では相当極端なストーリーになっていると読者は思われるかもしれない。たとえば、公の証券市場に上場されている会社を個人的な感情、それも恋愛感情の故に法的手段を駆使して乗っ取るなんてことは許されない、そんなことは起こりうるはずがない、と。たぶんそうだろうと私も思う…。しかし忘れないでいただきたい。敵対的買収の『先進国』であるアメリカでは、企業買収の相当部分が経営者の私利私欲のために行われている、と非難されているのである」。本書の「あとがき」に記されている著者の言葉です。この本の特色は、敵対的買収が未だごく普通の現象と受け止められていなかった2000年の時点で、企業家の個人的な復讐の手段として行われる可能性を企業法の専門家としての目線で構想され、ひとつの物語に仕立て上げられている点にあると言えるでしょう。

 

[あらすじ] 長い間恋焦がれていた女性を奪うために

大木忠弁護士(牛島の作品にはいつも登場する御馴染みの弁護士)のもとに、ある企業買収の話が持ち込まれます。依頼主は、年間売上2兆円の企業グループ創設者で、首都産業の長野満社主。内容は、「昭流」と称されている昭和物流機械製造株式会社のトップである栗山大三の妻・栗山英子62歳(32年間も恋焦がれていた女性)を奪うため、栗山の会社を乗っ取りたいというもの。「あの男をビジネスマンとして二度と立ち上がれないようにしたい」と長野。一方、愛人問題で苦労させられていた英子の方も、夫への復讐を果たしたいと願っていたのです。昭流には、トップの公私混同など、多くの問題があり、攻撃材料も豊富でした。大木の助言にしたがい、長野は、昭流の取締役に対して「株主代表訴訟」を起こすことに。ところが、事態は、思わぬ方向に進んでいきます。栗山の取締役解任という形での和解が成立。長野は、英子と暮らし始めます。しかし、栗山大三は引退したにもかかわらず、事態はそれほど変わらなかったのです。そこで、長野は、新たに栗山に打撃を与える工作を大木に依頼します。採られた手段は、「公開買付」で30万株を取得し、株主総会で彼を解任することでした。大木にとっても、証券取引法によって上場企業を敵対的に買収するのは、初めての経験でした。こうして、両者の攻防劇が本格化していきます。

 

買収者 アクワイアラー (幻冬舎文庫)

買収者 アクワイアラー (幻冬舎文庫)