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『老後の資金がありません』 - 「2000万円が必要」と言われているが

最近よく聞くようになった「人生100年時代」という言葉。背景にあるのは、高齢化の進展です。総務省の推計によると、2020年9月15日現在における「65歳以上の高齢者」の人口は、前年より30万人増えて3617万人と過去最多になっています。総人口に占める高齢者の比率(高齢化率)は28.7%。これもまた過去最高なのです。しかも、その数値は、2位のイタリア(23.3%)や3位のポルトガル(22.8%)を大きく上回り、世界最高レベル。高齢化率は、今後も増加していくことが予想されています。確かに、「長寿」は長い間人類の夢であり続けました。多くの人がこれほどまで長く生きていくことができる時代の到来は喜ばしいことに違いありません。とはいえ、高齢者を取り巻く環境はけっして平穏なものではありません。老後の資金、健康不安・病気、介護、相続、老人ホーム、一人暮らし・孤独、自動車の運転・免許書の返納、お墓など、高齢者は多くの悩み・問題を抱えながら、日々の生活を送っています。長生きは一方でリスクを伴うものになっているのです。そこで、今回は、そうした数ある問題のなかで、老後に向けての資金をどのように準備していくのかについて考えるべく、老後資金を扱った二つの作品を紹介したいと思います。

「老後資金を扱った作品」の第一弾は、垣谷美雨『老後の資金がありません』(中央公論新社、2015年)。2019年6月、金融庁のある報告書で、「年金生活の高齢夫婦の場合、年金収入以外に、2000万円の蓄えが必要」と指摘されました。多くの人の記憶のなかに留められているのではないでしょうか。本書は、高齢者にとっての最重要課題とも言うべき老後資金の準備という、誰しもが直面することになる、この問題の解決策を考える場合、大いにヒントとなる作品です。2021年公開予定の天海祐希さん主演映画「老後の資金がありません!」の原作本です。

 

[おもしろさ] 老後資金が目減りしていく様子がリアルに再現! 

老後に備えてそれなりの準備をしてきた家庭が舞台。ところが、蓄えていた資金を目減りさせていく「出来事」が次々と発生します。そうした事柄がどうして生じるのか、なぜそれらの出費がかさんでしまうのか、そして、当事者はその都度、どのように対峙していくのか? 本書のおもしろさは、ごく普通の50代の女性がそうした課題といかに向き合っていくのかを、細目に渡ってリアルに「再現」している点にあります。

 

[あらすじ] 引き起こされる事態に右往左往するヒロインの心中

後藤篤子53歳は、十数年前から銀行系のクレジット会社でパートとして働いています。子どもが二人とも独立したら、おカネだけではなく、時間の余裕も生まれるに違いない。そのように思ってきたのですが、予想に反して、おカネの悩みが次から次へと湧いて出てきます。書き出してみると、①舅姑への仕送りが月9万円、②娘のさやかの結婚式で600万円の出費の見込み、③契約満了での失職、④中堅の建設会社に勤務する夫・章(57歳)の父の死亡に伴う葬式代と墓代の負担、⑤夫の会社の倒産により退職金も当てにできなくなること……。夫婦ともに職を失い、1200万円もあった預金(老後資金)がみるみるうちに減っていくことに。引き起こされる事態に右往左往するヒロインの心中が描写されていきます。果たして、「何でも悪い方に考える癖」のあった篤子は、そうした難題にどのように対処していくのでしょうか? 

 

老後の資金がありません (中公文庫)

老後の資金がありません (中公文庫)