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『アパレル興亡』 - 栄華盛衰:アパレル業界の戦後史

「食べること」と「住むこと」とともに、人間の最も基礎的な経済活動に「着ること」があります。「着ること」、つまり衣服の製造および流通に関わる活動は、アパレルと呼ばれています。その業界で働く人は、きわめて多様です。衣服の企画に携わるファッションデザイナー・プランナーやカラーコーディネーター、製造に携わるテーラーやドレスメーカー、販売に携わるバイヤー、スタイリスト、ショップ店員……。では、日本におけるアパレル業界の売上高ランキングに入っている企業とは? 2019-20年における第1位はファーストリテイリング、第2位はしまむら、第3位はオンワードでした。上位にランクされている企業は、時代の変化とともに、大きく変化してきました。現在のランキングは、そうした過去の激しい企業間競争の帰結なのです。今回は、「戦時中から現在に至るまでのアパレル業界の栄枯盛衰を描いた作品」と「アパレル業界の仕組みを鳥瞰できる作品」を紹介したいと思います。

「アパレルを扱った作品」の第一弾は、黒木亮『アパレル興亡』(岩波書店、2020年)です。本書のモデルは、消滅してしまったものの、かつては老舗婦人服メーカーとして知られた東京スタイル。同社はオリエント・レディという名前で登場します。レナウンオンワード樫山など、多くの企業や経営者が実名で出てくるドキュメンタリー小説です。

 

[おもしろさ] 人々の「生の声と表情が醸し出す臨場感」

モノがなかった戦争直後の「つぶし屋」の時代を経て、衣服の西洋化が進んだ高度成長期。アパレル業界は、興隆する百貨店を主軸とする「百貨店アパレル」として大いに発展しました。作れば作るだけ売れる、大量生産・大量消費時代の到来でした。ところが、平成不況以降の消費行動の変化に伴い、百貨店の地盤沈下が進むことに。そして、従来型の大手アパレルに代わり、①特定分野の商品を大量にそろえ、低価格で販売するユニクロ青山商事のようなカテゴリーキラー、②ZARA、GAP、H&Mといった海外のファストファッション、③ネット通販、④アウトレットなどが台頭してきます。この本のおもしろさは、第一に戦後のアパレル業界で生きた人々の「生の声と表情が醸し出す臨場感」、第二に業者間のバトルの熾烈さ、第三に村上ファンドとの抗争劇、第四にオリエント・レディ創業者の池田定六(モデルは住本保吉)と後継社長の田谷毅一(モデルは高野義雄)との対照的な人物描写にあります。

 

[あらすじ] オリエント・レディの新機軸と斬新性

物語は、昭和5(1930)年に、15歳の池田定六が甲府市の「ヒツジ屋洋装店」に住み込み店員として働き始めるところから始まります。19年後、東京・神田で婦人服メーカー、オリエント・レディを創業した池田。アメリカのファッション雑誌の活用、百貨店との取引、景品として女優のサイン入りブロマイドの活用、アメリカにおいてグレーティング(サイズ展開)を含むパターンメーキングやデザインの仕事を経験してきた日本人女性の採用、ファッションショーの開催などの新機軸を次々に実践。デザインの斬新さ、素材のよさ、そしてインパクトのある宣伝によって、爆発的なブームを巻き起こすことになります。ところが、後継の田谷毅一社長の時代になると、かつての斬新さが希薄に……。

 

アパレル興亡

アパレル興亡

  • 作者:黒木 亮
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: 単行本