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『雨の日は、一回休み』 - 世代間ギャップと女性との距離感に悩むおじさんたち

人は皆、人生の折り返し点を過ぎ、いわゆる「中高年」と称される年代になると、体力の衰えを感じたり、老いを意識したりすることが増えてきます。老後に向けて生活費を円滑にねん出することができるかどうかという、経済的な不安も、頭の中にこびりつき、離れることがありません。さらに、働く中高年にとっては、若い世代との考え方のギャップや、いまや「常識」となった「ハラスメント」に対する考え方とのズレなどによって、大いに悩まざるをえない状況が日常化しています。しかし、中高年のなかには、そうした悩みや不安に苛まれながらも、自らの置かれた現状と新しい状況を再確認したうえで、「再出発」したいと考えている人が多くいることを忘れてはなりません。そこで、今回は、悩める中高年を扱った作品を三つ紹介するなかで、そうした問題にアプローチしてみたいと考えています。

「中高年を扱った作品」の第一弾は、坂井希久子『雨の日は、一回休み』(PHP研究所、2021年)。働く「おじさんたち」の日常とホンネを「おかしく、ときにはせつなく」描いた、五つの話から構成される連作短編集。

 

[おもしろさ] 現実からの脱却、そして再出発に向けて

かつて、モーレツに働き、自分と同じだけの働きを部下にも求めることや、たとえ理不尽なことがあっても黙って耐えることが、ごく「当たり前」と考えられていた時代がありました。ところが、そんな過去の「常識」の多くは、いまでは「問題行為」と見なされています。そうした変化をたとえ理屈としては理解していても、根本のところでは考え方をなかなか変えられないでいる中高年も少なくありません。とりわけ、若い人たちとの「世代間ギャップ」は、超えることが至難の業と言いえるほど大きいものとなっています。さらに深刻なことに、女性社員とどのように接すればよいのか、わからなくなっている「おじさん」社員が多数存在しています。本書の魅力は、第一に中高年男性社員の考え方・悩み・不安をリアルに浮き彫りにしている点、第二に「そうした現実からの脱却と再出発」や「これからの生き方の指針」に向けての模索へのヒントを与えてくれる点にあります。

 

[あらすじ] 人一倍気を使っていると考えていたのに

平安火災海上保険で国内大手企業を相手にリスクマネジメントを行う総合営業第二部第三課課長の喜多川進。セクハラ・パワハラに厳しいいまのご時世、部下との接し方には人一倍気を配っていると、自分では考えています。ところが、「君に、セクハラの訴えが上がってきているんだよね」と、部長の獅子堂怜一から注意を受けます。「そんな馬鹿な! いったい誰が、そんなデマを」と喜多川。相手は大事にはしたくないと言っているので、自重するようにと言われたものの、どんな言動を指してセクハラと言っているのかさえわからない喜多川は、困ってしまいます。11人の部下のうち4名の女性の顔を一人一人思い浮かべながら、通報したのは誰かと詮索を始めたところ、意外なことに……。ほかにも、四つの短編が収録されています。