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『早期退職』 - 「リストラ」を促された中高年社員の悩みと不安

「中高年を扱った作品」の第二弾は、荒木源『早期退職』(角川文庫、2018年)です。働く中高年男性社員の悩み事は、『雨の日は、一回休み』で扱われたような若手社員や女性社員との距離感をどのようにとっていくのかという点に関わることだけではありません。それまで勤めてきた会社・仕事との距離感もまた、大きな悩み事になりえるからです。もっとも、その点が当事者にはっきりと認識されるのは、企業活動が順調に進展しているときというよりは、会社の将来に対する不安感が社員の間に蔓延するようなときと言えるかもしれません。この本では、早期退職募集という、いわば「リストラ促進」という会社の方針を受けて、辞めるか残るかの決断を迫られた52歳の菓子メーカー課長の胸中が描かれています。

 

[おもしろさ] 二者択一ではなく、三者択一! 

本書で明らかにされているのは、信頼していた上司から早期退職に募集することを促された課長が、どのようなショックを受け、どのように迷い、どのように決断していくのかという心の揺れ動きです。しかし、そこで突き付けられている選択肢は、「辞めるか」それとも「残るか」という二者択一ではありません。むしろ、「辞めるか」「残って、これまで通りの気持ちで仕事を続けるか」「残って、これまでとは異なった新境地で仕事と向きあうのか」という三者択一だったのです。主人公が紆余曲折の末に到達する道のりの描写こそが、本書の魅力と言えるのでしょう! 

 

[あらすじ] 早期退職募集のショック

準大手菓子メーカーのエンゼル。東京営業部第二課の課長である辻本壮平52歳は、勤続30年。その大部分を組織の真ん中に近い場所で過ごし、会社の業績に大きく貢献してきたという自負を持っていました。ところが、社内でナンバー3と目されており、辻本にとっては「ボス」のような存在であった専務の織原郁郎から、会社が直面している窮状の説明と絡めて、早期退職の募集に応じてほしいと懇願されます。それを契機に始まった辻本の不快な毎日。退職はあくまで「自由な意思での決定」が前提となることを再度確認した彼は、「絶対に辞めない」という心境に達し、逆に元気に仕事と取り組むように。一課に対するコンプレックスのある二課の改革を決意します。しかし、早期退職募集のインパクトは大きく、社員の間では、会社の行く末に対する不安感も増幅。時間がたつと、油の切れた機械のように、辻本は、頭も身体も動きがぎこちなくなって……。