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『55歳からのハローライフ』 - 人生の折り返し点からの「再出発」

「中高年を扱った作品」の第三弾は、村上龍『55歳からのハローライフ』(幻冬舎、2012年)。①離婚した女性58歳の婚活、②出版社をリストラされたあと、アルバイトでなんとか生計を維持している58歳の男性、③早期退職に応募し、キャンピングカーで全国を旅することを夢見ている男性、④「ペット」への愛に生きがいを見出した女性、⑤トラックドライバーの63歳の男性を描いた五つの中編小説が収録されています。すべてに共通して描かれているのは、生きていくための「さまざまな努力」と、新たな気持ちで人生を歩んでいこうという「再出発」に至るまでのプロセスです。結婚相談所の相談員、交通誘導員、海女、トラックドライバーなどに関する仕事のポイントについても言及されています。

 

[おもしろさ] 「絶望」経由「希望」行き

人生も50年以上歩んでいると、ごく普通の生活をしている人でも、多くの場合、少なくとも個人的にはドラマティックと言えそうな出来事に遭遇することになります。「離婚」「婚活」「リストラ」「退職」「ペットロス」「孤独」「恋」など、さまざまな難問に直面することで、悩み苦しむことに。しかし、「絶望」を経験する最中に、ふとしたことで、新たな「希望」が見えることもしばしば起こるのです。本書は、そうした「絶望」経由「希望」行きの実態を浮かび上がらせています。

 

[あらすじ] 悩みもいろいろ、着地点もいろいろ

第一話「結婚相談所」では、54歳のときに、30年近く生活を共にした夫と離婚した中米志津子の婚活が描かれています。第二話の「空を飛ぶ夢をもう一度」では、54歳のとき、勤めていた小さな出版社をリストラされた因藤茂雄が登場。交通誘導員、宅配便、ビルの清掃などを経験するものの、体力的にきつい仕事ばかりで、何度も体調を崩します。中学の同級生・福田貞夫と出会うことで、生活が暗転するのですが……。第三話「キャンピングカー」では、半年前に、早期退職に応じて、中堅家具メーカーを退職した富裕太郎の姿が描写されています。彼の夢は、中型のキャンピングカーで妻と一緒に日本全国を旅することだったのですが…。第四話「ペットロス」では、夫との関係がぎくしゃくしている高巻俶子が、買った柴犬のボビーで癒されるものの、その死によって深刻な喪失感を味わいます。第五話「トラベルヘルパー」では、陸送のトラックドライバーであった下総源一が古本屋で遭遇した謎の女性に対する恋心に悩むことに。いずれの話も、中高年の深刻な悩み事とそこから脱出し、新たな生きる目標や指針を得るまでの過程が浮き彫りにされていきます。