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『社内保育士はじめました』- 新米女性保育士の奮闘記

「保育士を扱った作品」の第二弾は、貴水玲『社内保育士はじめました』(光文社文庫、2018年)。子どもと接する術がよくわからない新米保育士が失敗を繰り返す中で徐々に子どもやその親たちとの距離感を見極め、仕事に喜びを発見するようになっていきます。新米女性保育士の成長物語。

 

[おもしろさ] 「真面目に、そして全力で取り組む」

恋をしたことがなく、人づきあいも悪い。ほがらかな表情を見せることが苦手。小さい子供と調子を合わせる術など、まったくわからない。でも、仕事には真面目に、そして全力で取り組む主人公。やがて、一人だけで頑張るのではなく、仲間たちの助けを借ることの大切さを理解するようになります。それらは、きっとすべての仕事に通じるキーワードではないでしょうか! 「すぐ甘えて、ぐずって、困らせて。でも人と関わっていくのって必要なんですよ、生きていくのに。子どもって大事なことちゃんとわかってるんだな」。一人の不器用な女性が保育という仕事と真剣に向き合い、保育士として、さらには人間として成長していく姿がとてもみずみずしく描かれています。また、子どもたちの言動のウラに隠された心情を浮き彫りにさせている点を忘れずに指摘しておきたいと思います。「言うこときかないし、暴れるし大声で泣くし、まわりからうるさいって文句言われて、でも泣き止まなくてこっちは疲れて……」。でも、困らせているのは、そばにいたい、こっちを見てほしい。でも大人のように伝えられないから、他に方法がわからないんです」。

 

[あらすじ]「あじゅさせんせぇ、おかおこわーい」

トワ電機群馬製作所の総務人事部に在籍していた面井梓咲。28歳で独身。趣味は資格取得。感情が表に出にくく、ほがらかな印象を与えることができません。ニックネームは「お面さん」。社員の子どもを預かる目的で、2週間前に開設された社内保育所「きらら保育ルーム」に異動。保育士の資格は取ったものの、なるのはとうの昔に諦め、免許を取ったこと自体隠し続けていたにもかかわらず、意地の悪い上司・久能総務人事部長のせいで、やりたくない仕事に就く羽目になったのです。「あじゅさせんせぇ、おかおこわーい」。6年間着続けた社服に替え、ピンクのエプロンを身に着けた梓咲に対して、園児が発した最初の言葉でした。公立保育園の園長を務めた経験を有するベテラン保育士の高畑あけ美園長、子どもと接するのが得意な若手保育士の横尾ゆきに頼りながら、5名の園児に向き合うことに。なんとか結果を出したいと思い、なんでも全力で取り組みます。しかし、間違って、子どもが怖がる絵本を読んで聞かせたり、遊びの中で「目玉をつつく」カラスの動作をリアルにモノマネしたりして、子どもを泣かせてしまいます。「決められたルールは守らなければいけません。破るとコンプライアンスに反しますので」と、つい子どもではまったく理解できない言葉で話しかけるしまうことも。この仕事は向いていないと嘆く梓咲。しかし、そんな不器用な彼女も……。