経済小説イチケンブログ

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『異端王道』 - 「これまでの銀行になかったサービス」を! 

経済小説の対象となる業界で、非常に多く取り上げられているのが銀行です。それは、経済活動のなかで、きわめて重要な地位を占めています。当然の結果かもしれません。もっとも、バブル崩壊後の銀行は、企業や個人にとって「頼りがいがある」存在だとは言えないところがありました。バブル期、甘い言葉で必要のないお金を強引に貸し付けたにもかかわらず、返済の目途が立たなくなった途端、一挙に返済しろと迫ってくる「強引な貸出金の回収」、いわゆる「貸し剥がし」が横行したことは、人々の記憶から消え去ってはおりません。そうは言っても、銀行に頼らざるを得ない企業や個人が多いという現実を無視するわけにはいかないことも事実。それゆえと言えるからでしょうか、非難・批判ばかりではなく、銀行に対する期待もまた大きいのです。このブログにおいては、2020年12月24日~12月31日に「頭取」2022年3月8日~3月22日に「メガバンク」2022年5月10日~5月17日に「ローカルバンク」にスポットライトを当て、作品紹介を行いました。今回は、銀行のあり方を素材にした五つの作品を紹介したいと思います。

「銀行を扱った作品」の第一弾は、江上剛『異端王道』(東洋経済新報社、2005年)。1998年に倒産し、一時国有化された日本長期信用銀行リップルウッド・ホールディングスが率いる投資組合に売却され、2000年に新生銀行へと名称が変更。そして21年、SBIホールディングスの子会社となり、23年には「株式会社SBI新生銀行」に商号変更されています。新興銀行(新生銀行がモデル)の発足時、社長になった伊勢正道(八城政基がモデル)のもとで実践された数々の改革が描かれています。

 

[おもしろさ] できない理由ではなく、どうすればできるのかを

新興銀行の社長に就任した伊勢正道。「世の中に出てからほとんどの期間、アメリカ人の考え方の中で仕事をしてきました。いろいろ苦労もしました。しかし日本人が学ばなければならないことをひとつだけあげてみろと言われれば、それは失敗を恐れないということだと思います。日本人は『出来ない理由』をすぐ考えてしまいます。一方、アメリカ人は、どうしたら『出来る』だろうか、と考えます。私はこのどうしたら『出来る』だろうかと考える風土を、この銀行の風土として定着させたいと思っています」。「これまでの銀行になかったサービス」の提供を合言葉に、部下たちを引っ張っていった伊勢のもと、数々の改革はどのようにしてなされていったのかが描かれています。

 

[あらすじ] 「失敗を恐れていては何も出来ませんよ」

46年間の歴史に幕を閉じた長期融資銀行を外資系ファンドが買収し、2000年3月にスタートした新興銀行。始動直後から、激しい資金回収を行い、「ハゲタカ」とか「ハイエナ」と言われるほど悪評が立てられました。しかし、東都五菱銀行から新興銀行に転職した主人公の神野龍昭、長銀生え抜きの香山梨紗子をはじめとする若手行員の自由な発想で、次々と新商品が開発されていきます。「新しい銀行」を作るという意欲に燃えた神野は、社長に直訴し、小口の「ノン・リコース・ローン(非遡及型融資)」の実現を訴えます。東都五菱銀行なら、トップへの直訴など、絶対タブーでした。それに対して、伊勢は言います。「どうぞそのアイデアを正式に提案してください。失敗を恐れていては何も出来ませんよ」と。そうした過程で、「問題を先送り」しないという雰囲気がかもし出されていきます。めざすところは、客と「喜びを分かち合える」運営でした!