経済小説イチケンブログ

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『エネルギー』 - 「国際資源戦争」の最前線

「石油を扱った作品」の第三弾は、黒木亮『エネルギー』(上下巻、角川文庫、2013年)。イランで発見された新油田をめぐる日本の通産省・商社の思惑と外国企業を引っ張り込みたいイラン側の思惑、「日の丸」油田に対するアメリカの横やり、サハリンの巨大ガス田、シンガポールの石油デリバティブ巨額損失事件など、世界の注目を集める資源開発の現場に切り込んだ「大河経済小説」です。石油を軸に、1997年~2007年における国際経済・国際政治の現状を的確に知ることができる作品でもあります。私が書いた「解説」もご覧いただければ幸いです。

 

[おもしろさ] 血のにじむような人々の努力・忍耐・苦悩が

たとえ日本だけの国内問題であっても、解決するには多くの関係者の利害調整という難題を避けて通ることはできません。ましてや、各国の利害・思惑が一層複雑なものになる国際問題ともなると、利害調整の範囲とレベルは一層複雑なものになってしまいます。国際的な商品の代表選手とも言うべき石油の確保は、まさにそうした課題をひとつひとつ克服したうえで初めて実現できるものです。当事者にとっては、「産みの苦しみ」も半端なものではありません。本書を読むと、私たちが常日頃使っている石油の背後にどのような国際的なメカニズム、原油を確保するために血のにじむような人々の努力・忍耐・苦悩が横たわっているのかがよくわかります。90年代末以降のキーワードとして、①資源ナショナリズムサウジアラビアは石油産業を国有化するつもりなので、2002年2月に期限切れとなるアラビア石油のカフジ油田の採掘権の延長交渉に暗雲が垂れこめる)、②環境に配慮した開発、③中国が新たに参入することに伴う市場のパラダイム変化、④アメリカの意向で簡単に変更を余儀なくされる日本の石油開発、⑤石油デリバティブなどの問題にも言及されています。

 

[あらすじ] 輸入、開発、デリバティブ環境保護の各視点から

旧財閥系総合商社五井商事の英国現法で石油輸入を担当する金沢明彦(1997年で37歳。99年4月からサハリン・プロジェクトに関与)。1997年8月、金沢たちがイラクとの石油の輸入契約のため同国に出張するところから物語は始まります。公務員に対する監視や盗聴、契約を守るというグローバル・スタンダードがいっさい成立しない国情、密輸の持ちかけなどが描かれていきます。彼以外にも、亀岡吾郎(総合商社トーニチの取締役中東総支配人から98年4月に本社のエネルギー部門を担当する重役に。その後、トミタ通商との合併を機に、特別目的会社「ユーラシア石油輸入」の常勤社長になる)、通産官僚の十文字一(態度はでかい。無責任で要領がよい人物。資源エネルギー庁に出向し、石油・天然ガス課長に昇進。独自のイラン外交を進め、日の丸油田の実現に奔走。ほかにも、カザフスタンの油田、アゼルバイジャンカスピ海沖の鉱区、世界でも最大級のメキシコの「チコンテペック油田」などにも関与するが、いずれも挫折し、官僚を引退)、シンガポールにあるアメリカ系投資銀行JPモリソンでエネルギー・デリバティブに関与している秋月修二(もう油田獲得に血眼になっている時代ではなく、市場の変動をいかにヘッジするかが重要と考えている。のちに、東洋物産のエネルギー・デリバティブ子会社を設立し、CEOに就任)、金沢とし子(明彦の妹で、NGO「アース・ウイング・ジャパン」のスタッフ)などが登場します。石油の輸入に尽力する商社マン、油田の開発に奔走する官僚、石油デリバティブを仕掛けるトレーダー、サハリンのLNGプロジェクトと対決する環境保護団体という、それぞれの目線から、石油という商品開発が立体的に浮き彫りにされていきます。

 

エネルギー(上)

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  • 作者:黒木 亮
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エネルギー(下)

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