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『アラビア太郎』 - アラビア石油・創業者の波乱万丈

「石油を扱った作品」の第二弾は、杉森久英『アラビア太郎』(集英社文庫、1981年)です。巨大な石油メジャーに対抗し、ズブの素人であるにもかかわらず、無謀にもペルシア湾での油田開発に挑戦し、成功した最初の日本人。「アラビア石油」の創業者である山下太郎の生涯を描いた伝記小説。

 

[おもしろさ] 立ちふさがる大きな壁をひとつひとつ越えていく

本書の特色は、さまざまな事業に取り込んでは挫折するものの、「青年よ、大志を抱け」をモットーに、常に挑戦を繰り返した山下太郎の粘り強さと強靭な精神力を浮き彫りにした伝記小説。とりわけ、石油メジャーと対抗しながらも、資金調達→現地での交渉→開発権の獲得という、立ちふさがる一連の大きな壁をひとつひとつ乗り越えていく様子の描写は圧巻! 

 

[あらすじ] 「最大の夢」への挑戦は69歳から

札幌農学校を卒業した後、山下太郎は、食料紙(オブラート)の特許権を取得し、事業家のはしくれとなります。第一次大戦が始まると、サケの缶詰の輸入や硫酸アンモニウム(硫安)の買い付けで一財産を築き上げます。ところが、戦後の硫安価格の暴落によって、無一文に。しかし、今度は満鉄の社宅建設に関与し、満州開発の進展とともに、事業を拡張。山下は、「満州太郎」という異名を持つ、有数の資産家に仲間入りすることに。が、太平洋戦争の敗北により、「満州」から「北支」にかけて作り上げた実に5万戸に及ぶ住宅等がすべて没収。終戦後も、「満州」での経験を生かして住宅や公共建築物を建設して成功を収めます。ただ、彼の心は満たされません。海外の荒野を舞台に、もっと壮大で、かつ国家や社会に貢献できる事業を求めていたからです。やがて、山下は石油に目をつけます。丸善石油との合弁で、1956年に日本輸出石油を創設。海外での石油開発の機会をうかがっていた山下のもとに、サウジアラビア政府が日本に石油利権を売る可能性があるという情報がもたらされます。すでに69歳になっていた山下。日本人がまだ手をつけたことのない事業に情熱がかき立てられます。現地での難交渉の末、サウジアラビアクウェートの中立地帯沖合の鉱区の開発権が取得できるというメドをつけて帰国。「油が出るか出ないかわからない井戸の中に大金をぶちこむなんて、とんでもない話だ」という世間の評価にもかかわらず、なんとか資金を調達。さらには、現地で10ヶ月にもおよぶ交渉を行い、サウジアラビア政府から、さらに、7ヶ月後には欧米各社との激しい競争にうち勝ってクウェート政府から利権を獲得。そのうえ、ラッキーなことに、試掘第一号井でものの見事に商業埋蔵量を超える油田の発見に成功。それがカフジ油田です。