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『小説 創業社長死す』 - ワンマンのオーナー経営者の光と影

「会社のトップを扱った作品」の第三弾は、高杉良『小説 創業社長死す』(角川書店、2015年)です。東邦食品工業の創業者で、オーナーでもある小林貢太郎。「飛ぶ鳥を落とす勢い」で会社を発展させてきた彼が急死。彼がいないと何事も機能しないワンマン体制が構築されていたため、社内は大きな激震に見舞われます。ワンマン経営者が死んでしまうと、果たしてどういった結末が待ち受けているのでしょうか? 

 

[おもしろさ] 会社の特徴とオーナー経営者の性格

東邦食品工業の特徴とは? それは、ひとえに小林オーナーの性格・考え方と一致していると言わざるを得ません。まずは「社長のツルの一声で、いろいろなことが決まってしまうワンマン体質」です。また、早朝出勤が挙げられます。小林の出社時間は午前7時30分頃。社長の背中を見ている役員や管理職のみならず、生産現場や研究開発部門にも早朝出勤が励行されていました。小林の「広告嫌い、宣伝嫌い」も有名です。逆に、小林の「研究好き、開発好き」も度を越していたと言われています。このように列挙しますと、小林のワンマンぶりには、会社を大きく発展させる要素とともに、一層の発展を阻害したり、次世代のトップを育成できなかったりといったデメリットも含まれていたと考えることができます。その弊害は、後継者の不在、けっしてふさわしくない人物がトップになり、「圧政」を作り出すという形で露呈することになっていきます。

 

[あらすじ] 同じワンマン経営者でも、小林と筒井とでは大違い

小林貢太郎(1929年生まれ)は、大手創業食品メーカー「東邦食品工業」(従業員約2000名)の創業社長です。1950年、畏友の北野久(1929年生まれ)とともに総合化学メ-カー「昭栄化学工業」に入社。北野は現在、同社の専務取締役(財務担当)を務めています。それに対して、小林の方は、1958年に突然退職し、東邦食品工業を創業。その後、同社は大手食品メーカーとして大きく成長。アメリカ西海岸のロサンゼルス近郊で、「コバチャンINC」を立ち上げ、カップ麺の製造・販売をスタートさせたものの、事業はうまく回っていません。ところが、小林に次ぐナンバー2である深井誠一・専務取締役(創業以来の仲で、ほとんど唯一、小林にも直言できる人物)が、コバチャンINCの立て直しに成功。本来は、小林の後継者として意中の人物は、この深井だったのです。ところが、深井が推したのは、「小林の忠実な僕(しもべ)にすぎず」、小林の妻である晶子(自らの出産を拒否したために子どもはいない)の「大のお気に入り」である筒井節でした。会社内ではワンマンを通した小林でしたが、家庭内では、「女房に頭が上がらず、びくびくして」いました。それは、愛人との間に、子どもをもうけており、このことが明るみになることをおそれていたからです。ある日、小林は、妻の晶子あての封書(怪文書)を発見。そこには、「中目黒の高級マンションに愛人の美和子と実子の枝美子が住んでいます。美和子は小林征一郎(貢太郎の叔父)と養子縁組し、また枝美子は認知されています。晶子様は小林貢太郎の不行跡を黙認され続けるのでしょうか」と書かれていました。困り果てた小林は、北野久に相談することに……。平成17年(2005年)、76歳で小林が急死。代わって実権を握った筒井は、筆頭株主となった小林晶子のバックアップを得て、ワンマン経営を始めます。主要なポストは、「上ばかり見ているヒラメやイエスマン」ばかりの組織に変貌。東邦食品工業の「劣化」が急速に進展していったのです。