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『小説会計監査』 - 巨大監査法人崩壊の理由を小説の形で

監査法人を扱った作品」の第二弾は、細野康弘『小説会計監査』(東洋経済新報社、2007年)。かつて四大監査法人の一角を占めていた中央青山監査法人は、2006年に金融庁より業務停止処分を受けました。著者の細野は、同監査法人に身を置いた公認会計士でしたが、2006年に退職して独立。主人公は、国内最大手の監査法人であるセントラル監査法人に入所し、38年目に役職定年になった公認会計士の勝舜一(63歳)。老舗化粧品メーカーの粉飾決算、巨大監査法人の解散、大手証券会社の不正会計などの経済事件を取り上げ、会計監査が直面している諸問題が浮き彫りにされていきます。

 

[おもしろさ] 組織を知り尽くした人物の視点から

2007年7月31日、セントラル監査法人が倒産。3000人以上の社員・スタッフを抱えた監査法人39年間の歴史のあっけない幕切れでした。本書の特色は、組織を知り尽くした人物の視点から同監査法人崩壊の理由、すなわちセントラル監査法人を追い詰めていった、会計監査を取り巻く諸事情を浮かび上がらせている点にあります。具体的には、①当局のあまりにも恣意的な検査・指導、②リーク情報に踊らされるマスコミ、③全世界でビジネスを展開している海外の巨大監査法人と、それと連携している国内のグループ監査法人との間での駆け引き、④背後にある超大国アメリカの思惑などが指摘されています。

 

[あらすじ] 「クライアント経営者を疑ってかかれ」への疑問

2005年、勝はセントラル監査法人に退職届を提出します。主な動機は3点です。第一に、もはやその組織が露骨に年寄りを必要としていないのだということを示し始めたこと。第二に、「リスク・アプローチ」といって、財務諸表監査上でリスクのありそうなところのみを集中的に検証する方法が導入され、「クライアント経営者を疑ってかかれ」が基本になってしまったこと(監査費用の増加を抑制するために考案されたこの方法では、リスクが少ないと推測される部分をまったく見ないという問題が含まれている)。第三に、クライアントの経営に役立つことを通して、社会にも役立つ仕事であるという勝の思いに反して、カネこそがすべての米国流になってしまったことです。