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『監査法人』 - 「揺るぎのない姿」VS「揺らいでばかりの姿」

難関とされる国家資格の代表例のひとつに、公認会計士があります。会計士は、主に企業の「成績表」である財務諸表が適正に作成されているのかをチェックする役割(=監査業務)を担っています。それによって財務諸表の信頼性が保証され、銀行や投資家の融資・投資へとつながっていくわけです。彼らの業務は、円滑な経済活動を支えるというきわめて重要な仕事です。なかでも、上場企業などの大企業の監査は組織的に行われるため、監査法人によって行われるのが一般的です。監査法人は最低5名の公認会計士で設立できます。なかには4000名以上の公認会計士等が所属する「ビッグファーム」もあります。このように説明すると、企業の「成績表」を文字通り厳格に監査することを使命と考える公認会計士の「揺るぎない姿」が浮かび上がるかもしれませんね。ところが、小説の中に登場する公認会計士は、顧客となる企業のことにも配慮せざるを得ず、どちらかというと、「揺らいでばかりの姿」を見せ続けているのです。今回は、理想と現実とのギャップに翻弄される会計士・監査法人を扱った三つの作品を紹介したいと思います。

監査法人を扱った作品」の第一弾は、矢島正雄小林雄次(脚本)、小林雄次(ノベライズ)『監査法人』(TAC出版、2010年)です。国際的な影響を受けての「厳格な監査」か、それとも「ぬるま湯監査」か。ジャパン監査法人に所属する若き公認会計士・若杉健司の「揺れ動く心の内」が浮き彫りにされています。また、彼の上司・小野田直人は、かつて「厳格な監査」を貫いていた人物。が、のちには「ぬるま湯監査」へと、考え方を変えていきます。そうした変化にも興味がそそられます。ちなみに、ジャパン監査法人が解体したあと、小野寺直人が中心となってエスペランサ監査法人が創設され、若杉もそこで働くことになります。六つの話から構成。2008年6月~7月に放映されたNHK土曜ドラマ監査法人』(出演は、塚本高史さん、松下奈緒さん)をノベライズ化したもの。

 

[おもしろさ] 監査法人:理事長と会計士のある対話

企業が作成した決算書。不備があれば、NOを突き付けるのが公認会計士の役目。その結果、企業を破たんに追いやったり、上場廃止を促したり、ときには監査の責任者が自殺したりすることが起こりえるわけです。会計士は、そのような耐え難い現実と何度も向き合うことを余儀なくされます。理想として厳格審査を信じている若杉。それでも、友人が社長を務める会社のこと、なかなか態度を決めることができません。エスペランサ監査法人の小野寺理事長なら、「きっと厳格にすべきだ」と言ってくれることを信じながら、理事長室を訪れた若杉。ところが、理事長の答えは意外なものでした。「日本のマーケットを引っ張っているのはベンチャーだ。それに水を差すことはできない……。上場を前に企業が一生懸命、無理をして大きく見せようとするのはよくあることだ。上場したら金回りがよくなり、そうした不安も消えてなくなる。(たとえ粉飾の疑いがあっても)認めるしかないんだ」。「多少の粉飾には目をつぶれ」という理事長の判断に、若杉はどのように対応するのでしょうか? 

 

[あらすじ] 「厳格監査」か、それとも「ぬるま湯監査」か? 

業界最大手のジャパン監査法人に勤める若い公認会計士・若杉健司27歳(入所4年目)と山中茜(入所6年目)。上司として彼らに監査を指導してきた小野寺直人は、「厳格審査」の推進者でした。ところが、大手スーパーマーケット・チェーン「サプライズマート」の監査を境に、小野寺は生気を抜かれたようになってしまいます。主査(現場責任者)の小野寺は、同社が作成した「財務諸表を適正と認めることはできません」と突き放したのです。そのため、サプライズマートは、株価暴落→上場廃止→経営破綻を余儀なくされ、社長が投身自殺してしまったのです。ある日、若杉のもとに、彼が監査することになっている「北陸建設工業が架空売り上げを計上しているので、ちゃんと調べて欲しい。いい加減な監査をしたら告訴する」という匿名の電話がかかってきます。若杉・山中の二名と一緒に監査を行うのは、篠原勇藏理事長直伝の「ぬるま湯監査」を行っていることで有名な田代淳吾でした。同社の監査を行うと、不正・粉飾の数々が見つかります。田代の反対を押し切って、若杉は、「厳格な監査」を貫きます。