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『ひよっこ社労士のヒナコ』 - 顧問企業との距離感のむずかしさ

「会社のトラブルを扱った作品」の第三弾は、水生大海ひよっこ社労士のヒナコ』(文藝春秋、2017年)です。社労士の正式名称は、「社会保険労務士」という国家資格者。「おおざっぱに言えば、会社の総務部のお手伝い」。採用から退職までの労働・社会保険に関する問題や、年金相談に応じるなど、幅広い業務を行っています。主人公は、社労士になったばかりの新米社労士・朝倉雛子。「クライアント(顧問企業)」から顧問料をもらって仕事を行う社労士は、「間違いのない人事業務をしてもらい、企業のリスクを減らすためのコンサルティングを」行い、いろいろなトラブルを解決していくことになります。舐められたり、バカにされたり、空回りしたり、利用されたりしながらも、少しずつ仕事力をアップさせていく雛子の、社労士としての成長物語でもあります。

 

[おもしろさ] たとえ顧問料をもらっていたとしても……

勤務態度がひどい元社員であったにもかかわらず、「使わなかった有給休暇分の給料の支払い」が要求された。居酒屋チェーンの専務がネットに投稿したアルバイト従業員を辞めさせたいと考えた。「就業規則を作りたい」というIT企業の創業社長は、「育児休業なんてあり得ない」と言い放った。部下が自殺未遂したのに、「バカにつける薬はない」と、上司が罵倒した。アパレルメーカー総務部長は、残業代が増えることで困ってしまった…。そのようなシーンは、程度の差はあれ、どこの会社でもあり得る事案かもしれません。社労士は、会社から顧問料をもらっている立場。会社側の立場で物事を考えなくてはならないのですが、法律違反があれば、口をつぐむわけにはいきません。そのような案件と、社労士ヒナコはどのように対峙していくのか? 本書の読みどころは、その点にあります。

 

[あらすじ] 対峙する課題は一筋縄ではいかないものばかり! 

新卒で就職し損ね、事務系の派遣会社に登録していた朝倉雛子。三カ月ごとに更新されるという実情に不安を感じた彼女は、彼氏もつくらず、ひたすら勉強し、三回目でやっと社労士の試験に合格。ところが、企業や事務所に応募するものの、何度も蹴られ続けます。「やまだ社労士事務所」に拾ってもらったのは、合格から半年近くも経っていました。山田所長は50歳ぐらい。税理士の資格を持っている妻の素子さんが、共同経営者。顧問先の多くは中小企業。仕事は、クライアント先に出向いて話を伺ったり、事務所で書類を作ったりするのが中心です。例えば、法律で作成が義務付けられている労働者名簿や賃金台帳を確認し、社会保険料労働保険料を計算するための準備を行います。毎月の給与計算などを代行することも。とはいえ、雛子が関わることとなる課題は、どれも一筋縄ではいかないものばかりでした。