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『昼田とハッコウ』 - 「二人三脚」で「町の本屋」を活性化! 

「書店を扱った作品」の第三弾は、山崎ナオコーラ『昼田とハッコウ』(講談社、2013年)。いとこであるとともに、小さい時から一緒に育てられ、25歳になった昼田実と田中白虹(ハッコウ)。ハッコウは、家業である「町の本屋・アロワナ書店」の店長。ただし、「名前だけの店長」にすぎません。一方、昼田の方は、IT企業に勤務。そんなふたりがなぜか力を合わせ、競合店の続出、経営者であった父親の急逝などで、存続が危ぶまれるアロワナ書店の復活・活性化に向けて努力するようになります。

 

[おもしろさ] 「人と比べないで、昨日の自分と比べてごらんよ」

人は皆、それぞれの事情を抱えて、自分の生きる道を歩んでいます。ハッコウと昼田のふたりも、各々の考えを持ってアロワナ書店にコミットしていくことになります。おもしろいのは、その理由・動機です。ハッコウが店長をやっている理由は、成り行き以外の何物でもありません。アロワナ書店が好きというわけではないようです。むしろ、「店を潰すことができない」「仕方なくやっている」「自分の歩ける場所がなくなってしまう」といったもの。他方、昼田が勤めていたIT企業を辞め、ハッコウを支えるようになる動機とはいかなるものなのでしょうか? 「そこを辞めても、だれも困らない。すぐに別の人が代わりの役割を果たしてくれる。しかし、ハッコウを傍で支えるという役割は、自分にしかできない。しかも、その行為に気持ちの良さを感じている」。それが理由なのです。本書のおもしろさは、そんな二人のキャラクターのユニーク性と、書店を再建していくプロセスにあります。「人と比べないで、昨日の自分と比べてごらんよ」という昼田のセリフも、心に浸み込んでいきそうです! 

 

[あらすじ] 「書店の概念を変えるような書店を作る」

東京の二十三区外にあるとはいえ、中央線の沿線にあり、若者に人気がある町・幸福寺。駅周辺には大きい書店が五つ。書店はすでに飽和状態なのです。駅から伸びる商店街にあるアロワナ書店は、四階建てのビル。地下一階は地図や旅行書、一階は文芸書・実用書・雑誌、二階は文庫と新書、三階はマンガや美術書、四階は応接室・スタッフルーム・データ管理室・ハッコウの部屋という構成になっています。創業は1960年。創業者はハッコウと昼田の祖父・田中総二郎85歳。いまは二代目の田中公平63歳が専務を務め、公平の息子であるハッコウが店長についています。ただ、店にいるのは公平の方で、ハッコウは、ほとんど店に出てきません。「内にこもりがち」なのです。店を回しているのは、十人ほどのアルバイト。父親が「木偶の坊」である自分を可哀想に思って、仕方なく店長として雇っている。ハッコウは、そのように考えているようです。というのも、ハッコウは、本が嫌いで、小説というものを読んだことがありません。そのうえ、電車に乘れず、車も駄目なハッコウは、徒歩で行けるところしか行きません。十年ほどは、幸福寺の町から一歩も出ていないのです。他方、本が大好きな昼田の方は、店から距離を置いて会社勤めをしています。入社してから3年目となる勤務先は、六本木ヒルズのIT企業です。後輩になにかを教えたり、相手の悩みを根気よく聞いたりする力も備えています。半年ほど前、駅ビルに「大型チェーン店」の「書籍一番」が開店したことで、たくさんの顧客が離れていきました。しかし、公平が突然死し、さらには、四階の水槽で飼育している「アロワナの宙返り」を目の当たりにしたことで、ハッコウのなかで、なにかがうごめき始めます。陳列棚に並べる本について、初めて意見を述べたのです。と同時に、ハッコウを助けたいと考えている昼田の方も、少しずつ書店の運営にコミットするようになっていきます。こうして、アロワナ書店を活性化させようとする新店長の昼田と新オーナー・ハッコウのコンビが行動し始めます…。果たして、昼田が志向したような、「書店の概念を変えるような書店を作る」ことはできるのでしょうか?