経済小説というジャンルが日本で定着したのは、1970年代後半以降のことです。しかし、それ以前において、経済・企業・ビジネスマン・お金などを扱った小説がまったくなかったのかと言うと、けっしてそうではありません。高度成長期(1955年~73年)になると、企業の内幕、経営者の内面、人間の金銭欲や出世欲などに切り込んだ作品が、少しずつではありますが、持続的に刊行されることになるからです。具体的には、城山三郎、梶山季之、清水一行、山崎豊子などの作家を挙げることができるでしょう。なかでも、きわめて多数の作品を上梓したのが城山三郎と清水一行。のちに「経済小説の巨頭・パイオニア」として評価されるようになっていきます。ちなみに、生涯の作品数は、城山の118点に対して、清水は214点に及んでいます。今回は、2023年最初のテーマとして、「経済小説の源流を探る」ことを念頭において、二人の作家について考えてみたいと思います。ただし、紹介するのは、「評論」と「伝記・ノンフィクション」。これまで本ブログで紹介してきた「小説」ではありません。
経済小説を書く場合、ほかのジャンルの小説以上に、膨大な資料・文献を読み解くだけではなく、徹底した取材を行うことが不可欠です。二人の作家に共通しているのは、そうした労苦と懸命に格闘し、作品に反映させている点です。ここで紹介した二冊の本には、その課題にどのように向き合ったのかという点をはじめ、興味深い情報が満載されています。他方、両方を読み比べてみると、多くの違いがあることもまた、よくわかるでしょう。作品に関しては、城山作品には、「明るい面」を描いたものが多いのに対し、清水作品には、「暗い面」を暴露するような作品が多いと言えます。ところが、性格・行動パターンという点では、むしろ「逆」という印象を受けてしまうかもしれません。城山の方は、「人の多いのも、パーティも苦手」でした。湘南地方に住み、外部との交流を断ち、閉じこもって執筆を続けた、いわば「孤高の存在」だったのです。それに対し、清水の方は、人づきあいも良く、宴会・忘年会も好んで開き、ゴルフやマージャン、さらには株式投資にも精通し、後輩たちへの支援も忘れませんでした。興味深いですね!
「経済小説のパイオニアを扱った作品」の第一弾は、佐高信『城山三郎の遺志』(岩波書店、2007年)。著者の佐高は、経済小説に関する多くの解説書を刊行し、いわば「解説者・紹介者」という立場から、経済小説というジャンルの定着に大きな功績のあった人物です。本書もまた、城山作品を鑑賞する際の「道しるべ」的な役割を果たしてくれます。城山作品を理解する上での基本情報を与えてくれるのです。
[コンテンツ] 三つの切り口から浮かび上がる……
本書は、三つのセクションから構成されています。第一部「城山三郎の原点」では、城山自身の言葉で、文学・組織・企業・人間・天皇制・戦争・軍隊などに関する考え方や、魅力に感じることが披露。第二部「城山三郎という人間」では、内橋克人、吉村昭、平松守彦、高任和夫、佐高信が綴る「城山三郎像」と、城山の登場人物に対する思い入れが描写。第三部「城山三郎からのメッセージ」では、城山と佐高の二人を軸にした5つの対談を通して、人間や社会に対する彼の考え方や作品の読み方・見方に関する多くの情報が提示されています。
[おもしろさ] たくさんの「なるほど」を見出せる
本書のおもしろさとして指摘できるのは、四点です。一点目は、城山の性格・考え方が随所で示されていること。「勲章拒否と現憲法擁護」「理不尽なことに対する反撥」「自分の考えを他人に押しつけることはしない」、「少年時代から読書だけが趣味」……。二点目は、作品との向き合い方が明示されていること。三点目は、さまざまな城山作品に登場する人物の行動・選択などを理解できる素材が提示されていること。四点目は、「小説とノンフィクションの境界」に関する考え方が述べられていること。それらの点を理解したうえで、城山作品に対峙すると、たくさんの「なるほど」を見出すことになるのではないでしょうか。